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【第69話 その先を】

「先生……」

健は深く頭を下げた。

「重ね重ね、ありがとうございました」

弁護士は軽く頷く。

「林、逮捕されたと聞いています」

静かな口調。

「ひとまず、安心ですね」

健も小さく頷く。

だが——弁護士の表情が、少しだけ引き締まる。

「ただ」

一拍置く。

「ヤクザは、何をするか分からん」

真っ直ぐに見る。

「くれぐれも、気を付けて下さい。子分が仕返しに来るとか、出所後に……」

言葉を濁す。

「ようある話です」

健は黙って聞いていた。

「……はい」

短く答える。

「ありがとうございます」

もう一度、頭を下げる。

ドアへ向かう。手をかけて、少しだけ振り返る。

「では……また、一ヶ月後に」

弁護士は静かに頷いた。

扉が閉まる。その音だけが、部屋に残る。

外の光は、変わらず明るかった。

だが——すべてが元に戻ったわけではない。

それでも。前に進むしかなかった。

健は、JR加島駅を降りた。

いつもの帰り道。工場へ向かう足取りは、まだどこかぎこちない。

その時——サイレンが、耳についた。

一台やない。二台、三台と、重なるように鳴り響く。

胸の奥がざわつく。

工場へ近づくにつれ——その音は、次第に大きくなっていった。耳を震わせるほどに。

(……まさか)

足が速くなる。

やがて、角を曲がった瞬間——

視界が、赤に染まった。

工場は——すでに炎に包まれていた。

熱気が、肌を刺す。煙が、空を覆う。

そして——ある一角から、異様な火柱が立ち上っていた。黒く、重い炎。

それは、廃油のドラム缶があった場所だった。

(……あそこか)

膝から力が抜ける。その場に崩れ落ちる。

炎は、容赦なく燃え上がる。すべてを飲み込むように。

その光景は——どこかで、自分の中の何かと重なった。

犯したこと。逃げたこと。選んだこと。

積み重なった業が、燃えていく。昇っていく。

しばらく、ただ見ていた。

やがて——健は、ゆっくりと立ち上がる。

目の前には、炎。背後には、もう戻れない過去。

それでも——その顔には、わずかな静けさがあった。

風が吹く。煙が流れる。

健は、顔を上げる。

まだ見えない、その先を。

ただ——まっすぐに、そして少し清々しい思いで見つめていた。

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