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【第66話 三万円という事実】
「なんで……」
低く、押し殺した声。
「たった五十万なん」
机を指で叩く。
「なめてんのか?」
視線が鋭くなる。
「示談なんか、せえへんよ」
吐き捨てる。
「刑務所、入れ」
対面に座る弁護士は、表情を崩さない。
「お気持ちは分かります」
静かな声。
「ですが——」
資料に目を落とす。
「被害額が三万円。怪我も軽傷となると」
一度、言葉を区切る。
「一般的な相場は、十万から三十万です」
顔を上げる。
「それを、五十万提示されています」
間を置く。
「仮に、刑務所に入った場合——賠償は、ほぼ期待できません」
部屋の空気が重くなる。
「金本の分と合わせれば、百万円になります」
それでも、被害者は首を振る。
「先生……」
低く言う。
「うちが、なんぼ取られたか知らんからやろ」
拳を握る。
「……知っても」
弁護士は静かに返す。
「被害額が三万円という事実は、変えられません」
短い沈黙。
「まぁ……」
椅子にもたれながら言う。
「よお考えてもらえませんか」
資料を閉じる。
「同じような被害に遭われた山下さんは、示談を受け入れています」
ドアの方へ視線を向ける。
「良いお返事、お待ちしております」
部屋に、重たい沈黙だけが残った。




