【第64話 証拠の場所や】
岸和田インターを降りて、二十分ほど。
山道を進むと——視界の先に、異様な光景が広がった。
積み上げられたタイヤ。まるで城のように、不規則に重なっている。その隙間に、無数の廃車。油とゴムの匂いが、むっと鼻をついた。
入口には、男が二人立っていた。外国人。
別班の刑事が声をかける。
「すんません」
二人が振り向く。
「ハイ」
「クォンさん、いてますか?」
男の一人が胸を叩く。
「クォン、いてる」
もう一人も笑う。
「私もクォン」
さらに奥を指さす。
「ここ、クォン三人」
刑事が苦笑する。
「ベトナム版、佐藤と鈴木やな」
「この番号のクォンさん」
携帯の画面を見せる。二人が覗き込む。
「この番号……あのクォン」
奥を指さす。
「ありがとう」
二人は中へ進んだ。
並べられた車の中に——一台、目に留まる。
シルバーのマークX。
刑事の足が止まる。
(……当たりや)
近くにいた男に声をかける。
「すんません。この車、ちょっと見せてもらえます?」
男が振り向く。
「……ハイ?」
首をかしげる。
「ニホンゴ、ムツカシ」
刑事は一歩踏み込む。
「これ、誰に売ったんや?」
男は少し考えてから答える。
「コレ……バングラデシュ。バングラデシュの人、カウ」
刑事同士で視線が合う。
(……流れてる)
証拠は、まだ消えていない。
刑事が静かに言う。
「どうにか、調べさせてもらえんやろか?低い声。「手荒なことはしたくないんで」
男は戸惑いながらも頷く。
刑事は続ける。
「ビザ、見せてもらうことになるけど」
男の表情が引き締まる。
「……ワカッタ」
小さく頷く。
◆
ヤードを出たところで、二人は足を止めた。背後には、タイヤの山。油の匂いが、まだ残っている。
「……見つけたな」
「間違いないやろな」
「あのマークXや」
短い沈黙。
「どうする。このまま押さえるか……」
一人が現場を振り返る。
「やっぱり、鑑識の応援呼びますか?」
「今しかないで」
もう一人が頷く。
「下手に触って証拠潰したら意味ない」
決断は早かった。
「呼ぼ。確実に固める」
携帯を取り出す。
「鑑識、至急や」
その一言で——現場が動き出した。
◆
「この車、誰から仕入れた?」
刑事が低く聞く。
「ワスレタ。ニホンジン……ミンナ、イッショ」
曖昧な笑み。
刑事はもう一歩踏み込む。
「淀川自工の——マツモトさんちゃうか?」
男は一瞬だけ考える。
「マツモトさん……ヤッタカ……ワスレタ」
そして笑う。
「イッパイカウから」
決定的な言葉は出ない。だが——十分やった。
やがて、エンジン音とともに車が入ってくる。鑑識班が到着する。
白い手袋。無言のまま、車へ向かう。ドア、ハンドル、トランク。丁寧に指紋を採取していく。
現場の空気が、一変する。
もう、ただのヤードではなかった。
証拠の場所や。
一通りの作業を終え、刑事たちはその場を後にする。
帰り際——一人がぼそっと言う。
「あんまり追い込んだらな」
視線は、背後のタイヤの山。
「あいつら、タイヤに火ぃつけてズラかりよるぞ」
もう一人が小さく頷く。
「……せやな」
油とゴム。一度火がつけば、手がつけられない。証拠ごと、消える。
時間は、残されていなかった。




