【第63話 慎二次第だった】
吹田署。会議室には、重い沈黙が流れていた。誰も無駄な言葉を発さない。机の上の資料だけが、この数日の全てを物語っている。
やがて——班長が口を開く。
「……明日やな」
低い声。
「事情聴取の結果が分かるやろ」
一人が小さく頷く。
「そしたら——金本の令状、とる」
空気が揃う。
「それから」
椅子に体を預ける。
「柄、取るで」
短く言い切る。
「明日、十時から会議始める」
視線が全員に向く。
「それまでに、全部整理しとけ」
「はい」
声が揃う。
終わりは、もうすぐそこだった。
◆
翌朝十時。捜査員たちが、再び会議室に集まる。夜の疲れを引きずったまま、それでも全員の目は覚めていた。
「えー」
班長が口を開く。
「本部の方は、十時から事情聴取が始まっとる」
短く全員を見渡す。
「それまでに、こっちで出来ることやるで」
誰も異論はない。
「車はどうなった」
一人が資料をめくる。
「はい。ヴィッツとマークXですが、松本の話によると、外国人の自動車部品屋へ流したと。電話番号を調べたところ」
少し言いにくそうに続ける。
「ベトナム国籍の……クォン、何たら何たら」
周りから小さく笑いが漏れる。
「長いんで、クォンで」
班長が頷く。
「場所は?」
「岸和田です」
即答。
「今から出ます」
「おう」
短い返事。すぐ次へ進む。
「他は」
別の捜査員が口を開く。
「林ですが……」
少し間を置く。
「やられてますし、仕返しは考えてないんでしょうか」
班長が鼻で笑う。
「考えとるやろ。それがヤクザや」
空気が少し重くなる。
「先に押さえたいな」
誰かが言う。
班長は腕を組む。
「ヤクザもな、昔みたいに手荒なことはリスクある。そこまで追い込まんとは思うけど」
少し視線を落とす。
「……キレたら分からん」
短い沈黙。それぞれが、次にやるべきことを頭の中で整理していた。
◆
大阪府警本部。取調室の空気は、重く張り詰めていた。
「では——当日の流れをもう一度」
刑事が淡々と問いかける。健はゆっくり口を開く。言葉を選びながら、ひとつずつ話し始める。
その時——コンコン、とノック。ドアが開く。別の刑事が顔を出す。
「ちょっとええか」
中の刑事が顔を上げる。
「何や」
「弁護士からや」
短く言う。
「一旦、休憩入れてくれ言うてる」
空気がわずかに変わる。中の刑事が舌打ちをこらえる。
「……まだ始まったとこやぞ」
「向こうも仕事や」
それだけ言って、扉が閉まる。
短い沈黙。
「……休憩入る」
低く言う。椅子が引かれる音。廊下に出る。
「……あの畑とかいう弁護士、何とかならんか」
小声で吐き捨てる。
「無理やろ」
別の刑事が肩をすくめる。
「外で全部コントロールしとる」
◆
取調室に残された健は、ひとり椅子に座っていた。手を組み、視線を落とす。
(……慎二)
胸の奥で名前を呼ぶ。
まだ間に合う。自分が先に来た意味を、あいつなら分かる。
外では——弁護士が静かに時間を見ていた。何も言わず。ただ、待つ。意図的に。ゆっくりと。
健と弁護士は——慎二の"自首"を信じていた。
◆
取調室に戻ると、また同じ問いが繰り返される。
「その時、どこで待機してた?」
健は顔を上げる。
「……近くの路地です」
言葉は出る。だが——頭の中は、別のことで埋まっていた。
(……届いてる)
ポケットの中の携帯。もう触ることはできない。だが、分かっている。
弁護士事務所の住所と電話番号。あの時、送ったメッセージ。
既読は——付いていた。
(見とる)
それだけで、十分だった。
あいつなら分かる。この意味も。このタイミングも。
刑事の声が飛ぶ。
「聞いとるか?」
健はゆっくり顔を上げる。
「……はい」
また話し始める。時間は、ゆっくりと進んでいた。
外では、弁護士が時計を見る。まだ動かない。まだ待てる。
ここから先は——慎二次第だった。




