【第61話 そいつの選択や】
「忙しいのに、時間を取っていただきありがとうございます」
健は深く頭を下げた。
「父も、生前お世話になりまして」
向かいの弁護士は静かに頷いた。窓から差し込む午後の光が、机の上をやわらかく照らしている。
「それで、今日はどういったご相談かな」
穏やかな声に、健は一度視線を落とした。
「私は……とんでもない犯罪をおかしてしまい、自首を考えています。その手続きを、先生にお願いできればと」
弁護士は腕を組み、健を見据える。
「内容によるけど、刑事事件なら専門の先生を紹介できる。まずは話を聞かせてもらえるかな」
「はい」
健は息を整えた。
「強盗致傷の手伝いです。現場の下見や、逃走の手助け、ナンバープレートの偽造。それと、事件にはなってませんが、ヤクザをスパナで殴りました」
弁護士はしばらく黙り、小さく息を吐いた。
「えらい派手にやってるな。分かりました。この件は刑事専門の先生を紹介します。その方が適任や」
「はい」
健は頷いたが、すぐには席を立たなかった。
「それと……」
「何でしょう」
「私が刑務所に入った場合、この家はどうなるんでしょうか。持ち家なんですが、固定資産税が払えなくなると競売にかけられると聞きまして」
弁護士はゆっくり頷いた。
「身内が払わなければ、そうなる可能性はあるね」
健は鞄から封筒を取り出し、机の上に置いた。
「この五十万で、刑期の間、支払いをお願いできませんか。出てきた時に帰る場所がなくなると……やり直せません」
弁護士は封筒には手を触れなかった。
「健君、分かりました。それはね、僕に頼まなくても大丈夫ですよ」
健の目が揺れる。
「え……?」
「最初の手続きだけお手伝いします。いつも納付書が届いてから入金してたんかな」
「はい」
「銀行から引き落としにできるから、それの手続きをしておきましょう。それと電気、ガス、水道は一旦止めましょう。家の保険も、あるなら引き落としに変えた方がいい」
健は黙って聞いていた。胸の奥の張りつめたものが、少しずつほどけていく。
「口座が分かるもん、あるかな」
「はい」
「通帳や印鑑、保険の書類は家やね。後で一緒に取りに行きましょう。それから刑事担当の弁護士のところへお連れします」
「あ……ありがとうございます」
「いいんですよ」
健は少し迷ってから言った。
「先生、今日の相談料とか……」
弁護士はやわらかく首を振る。
「いいんですよ。あなたの自首したいという決断に、私は価値を感じてます」
健は言葉を失い、深く頭を下げた。
◆
弁護士は資料に目を落としながら、淡々と口を開いた。
「示談を進めましょう」
「被害額とケガの状況、過去の事例から見て——一人五十万が妥当やと思います」
ペン先で数字をなぞる。
「相手が弁護士を立てるかどうかにもよるけど、おそらく、そこまでして争うことはないでしょう」
健は黙って聞いている。
「示談が成立すれば、うまくいけば執行猶予が付く可能性もある」
視線を上げる。
「ただし——反省の色が見えなかったり、捜査に協力しなかった場合は難しくなります。その点は注意して下さい」
「……はい」
健は静かに頷く。
だが、その表情には別の迷いが浮かんでいた。
「先生……」
少し言いにくそうに口を開く。
「気がかりが一つあります」
弁護士が目を向ける。
「一緒に犯罪をおかした連れがいてるんですが、自首を進めても、"考える"言うだけで……」
言葉が少し詰まる。
「もし、私が警察に話をしたら、そいつは……すぐに逮捕になるんでしょうか」
静かな問いだった。
「……自首させたいんです」
弁護士は少しだけ考え、椅子に深く腰をかけ直す。
「逮捕になるかどうかは、証拠次第やね」
落ち着いた声で答える。
「あなたの供述は大きい材料にはなるけど、それだけで即、という話ではない」
健は黙って聞く。
「ただ——」
弁護士は言葉を選ぶ。
「名前が出れば、捜査は一気に進む。結果として、早く身柄を取られる可能性は高い」
現実を、そのまま伝える。
健の視線が落ちる。
「……そうですか」
弁護士は続ける。
「本気で自首させたいなら、あなたが先に動くしかない」
「あなたが腹をくくった姿を見て、動く人間もいる」
「逆に——」
「それでも動かんのなら」
短く言い切る。
「それは、そいつの選択や」
健は何も言わなかった。ただ、ゆっくりと頷いた。




