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【第5話 何時や】

ワンボックスは店の前を離れる。ゆっくりと流れに乗る。淀川通りや。夜でも車は多い。テールランプが連なる。その中に紛れる。

少し遅れて、バイクも動く。

健は距離を取る。近すぎたら終わりや。離れすぎても見失う。ちょうどええ位置を探りながら走る。

信号で一度止まる。ワンボックスは二台前や。青に変わる。そのまま東へ流れる。

やがて大きな交差点。北へ上がる。新御堂筋や。スピードが一気に上がる。健は少しだけアクセルを開ける。見失わへん距離を保つ。

前方にランプの表示。江坂や。

ワンボックスがウインカーを出す。

「……降りるか」

健も減速する。ランプを降りる。街の明かりが近づく。駅前や。ワンボックスは一つ裏へ入る。少し静かな通り。そこで止まる。

目の前にはマンション。タワー型や。せやけど、そこまで高くない。

スライドドアが開く。一人だけ降りる。

ミカや。

他の女は動かへん。ミカは振り返らへん。そのまま中へ入っていく。

ワンボックスはまた動き出す。

健はしばらく動かず、エンジンを切った。街の音だけが残る。

携帯を取り出す。すぐに出た。

「……分かったで」

それだけ言う。少し間。

「よっしゃー」

軽い声や。それで切れた。

ガストの店内は、妙に明るかった。さっきまでの夜とは別の場所や。

慎二は奥の席に座っている。何もなかったみたいな顔や。健は向かいに座る。水だけが先に置かれる。

「……ええマンションやった」

健は低い声で言う。

慎二は黙って聞いている。

「セキュリティも厳しそうや」

視線はテーブルのままや。

「どないする」

間。

「やめとくか」

小さく言う。

慎二はグラスを持ったまま止まる。水を一口飲む。それから顔を上げる。

「今さらやろ」

短い。

健は何も言わん。

「ここまで来て、やめる理由あるか?」

落ち着いた声や。健は目を逸らす。

分かっている。やめるべきや。せやのに——もう、戻られへん。

慎二は軽く背もたれに寄りかかる。

「とりあえず、一週間ぐらい開けて。もう一回行くわ」

「まだ行くんか」

「様子見るだけや。誕生日、聞かんとあかんやろ」

静かに言う。健は何も言わん。

もう止める言葉が出てこなかった。

翌日昼過ぎ。

工場のシャッターは半分開いている。外の光が斜めに差し込む。油の匂い。いつも通りや。

健は車の横で作業していた。工具の音だけが響く。そこに、足音が混ざる。

「おー」

慎二が入ってくる。ふらっと歩いて、すぐに足を止める。目の前の車に見入る。

「これまた、ええの入ってるやーん」

ボディに近づく。手を伸ばしかける。

「あかん、触るなよ」

慎二は手を止めたまま笑う。ぐるっと回る。

「MASERATI」

口に出す。健は何も言わん。

「どこぞの不動産屋か」

慎二は車から目を離さん。値踏みしている目や。健には分かる。

「……貸さへんぞ」

先に言う。

慎二はようやく笑った。

「分かってるって」

全然分かってへん顔や。

少しだけ間。慎二は車から視線を外さんまま言う。

「さぁ」

軽い声や。健は嫌な予感がする。

「健坊には悪いねんけど」

慎二はようやく顔を上げる。

「俺がキャバ行ってる間、例のマンション見てきてくれんか。カメラとか、管理人とか」

あっさり言う。仕事みたいな口調や。

健は黙る。

頭の中で分かっている。ここから先は、もう引き返せん。

「……下見か」

小さく言う。

「そういうことや」

軽い。軽すぎる。

健は目を逸らす。ため息が一つ出る。

「……何時や」

気づいたら聞いてもうてた。

慎二はそれで満足そうに笑った。それで十分やった。

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