【第5話 何時や】
ワンボックスは店の前を離れる。ゆっくりと流れに乗る。淀川通りや。夜でも車は多い。テールランプが連なる。その中に紛れる。
少し遅れて、バイクも動く。
健は距離を取る。近すぎたら終わりや。離れすぎても見失う。ちょうどええ位置を探りながら走る。
信号で一度止まる。ワンボックスは二台前や。青に変わる。そのまま東へ流れる。
やがて大きな交差点。北へ上がる。新御堂筋や。スピードが一気に上がる。健は少しだけアクセルを開ける。見失わへん距離を保つ。
前方にランプの表示。江坂や。
ワンボックスがウインカーを出す。
「……降りるか」
健も減速する。ランプを降りる。街の明かりが近づく。駅前や。ワンボックスは一つ裏へ入る。少し静かな通り。そこで止まる。
目の前にはマンション。タワー型や。せやけど、そこまで高くない。
スライドドアが開く。一人だけ降りる。
ミカや。
他の女は動かへん。ミカは振り返らへん。そのまま中へ入っていく。
ワンボックスはまた動き出す。
健はしばらく動かず、エンジンを切った。街の音だけが残る。
携帯を取り出す。すぐに出た。
「……分かったで」
それだけ言う。少し間。
「よっしゃー」
軽い声や。それで切れた。
◆
ガストの店内は、妙に明るかった。さっきまでの夜とは別の場所や。
慎二は奥の席に座っている。何もなかったみたいな顔や。健は向かいに座る。水だけが先に置かれる。
「……ええマンションやった」
健は低い声で言う。
慎二は黙って聞いている。
「セキュリティも厳しそうや」
視線はテーブルのままや。
「どないする」
間。
「やめとくか」
小さく言う。
慎二はグラスを持ったまま止まる。水を一口飲む。それから顔を上げる。
「今さらやろ」
短い。
健は何も言わん。
「ここまで来て、やめる理由あるか?」
落ち着いた声や。健は目を逸らす。
分かっている。やめるべきや。せやのに——もう、戻られへん。
慎二は軽く背もたれに寄りかかる。
「とりあえず、一週間ぐらい開けて。もう一回行くわ」
「まだ行くんか」
「様子見るだけや。誕生日、聞かんとあかんやろ」
静かに言う。健は何も言わん。
もう止める言葉が出てこなかった。
◆
翌日昼過ぎ。
工場のシャッターは半分開いている。外の光が斜めに差し込む。油の匂い。いつも通りや。
健は車の横で作業していた。工具の音だけが響く。そこに、足音が混ざる。
「おー」
慎二が入ってくる。ふらっと歩いて、すぐに足を止める。目の前の車に見入る。
「これまた、ええの入ってるやーん」
ボディに近づく。手を伸ばしかける。
「あかん、触るなよ」
慎二は手を止めたまま笑う。ぐるっと回る。
「MASERATI」
口に出す。健は何も言わん。
「どこぞの不動産屋か」
慎二は車から目を離さん。値踏みしている目や。健には分かる。
「……貸さへんぞ」
先に言う。
慎二はようやく笑った。
「分かってるって」
全然分かってへん顔や。
少しだけ間。慎二は車から視線を外さんまま言う。
「さぁ」
軽い声や。健は嫌な予感がする。
「健坊には悪いねんけど」
慎二はようやく顔を上げる。
「俺がキャバ行ってる間、例のマンション見てきてくれんか。カメラとか、管理人とか」
あっさり言う。仕事みたいな口調や。
健は黙る。
頭の中で分かっている。ここから先は、もう引き返せん。
「……下見か」
小さく言う。
「そういうことや」
軽い。軽すぎる。
健は目を逸らす。ため息が一つ出る。
「……何時や」
気づいたら聞いてもうてた。
慎二はそれで満足そうに笑った。それで十分やった。




