【第58話 もう、確信していた】
千秋が襲われた事実は、まだ店には伝わっていない。
そのせいか——ホステスたちは、刑事との会話をどこか楽しんでいた。
「サキちゃんは、最近誕生日とか聞かれたりした?」
橋本が軽く聞く。
「そんなん、しょっちゅう聞かれるで」
サキが笑う。
「プレゼントやろうか、って」
肩をすくめる。
「だいたいな、違うお客さんに同じもんねだって、ダブったら売りに行くねん。一個だけ持っといたら、バレへんやろ?」
橋本が吹き出す。
「女は怖いな」
高橋も小さく笑う。
「今度から知っとかなあかんな」
「ほな、そういうことで」
橋本が立ち上がる。
「帰り道は気ぃつけてな」
「はーい」
「ほな次の子、代わるね」
サキが奥へ消える。
「……ふぅ」
橋本が小さく息を吐く。
「男ってアホやな」
高橋が返す。
「ほんまに」
それから三人。決定打は出ない。
そして——
「こんばんは」
次に現れた女が、静かに頭を下げる。
「お名前、教えてもらえんやろか。源氏名でええんで」
「はい、サクラです」
橋本が少し目を細める。
「若いけど、学生さん?」
「いいえ。昼は派遣で働いて、夜はバイトで」
「よう働くなぁ」
橋本が笑う。
「俺らもここ数日、寝てへんけどな」
「いえいえ」
サクラが小さく笑う。
「そんで、サクラさんは誕生日とか聞かれたりするんかな?」
「はい、しますよ。プレゼント持って来るとか」
橋本がすぐに被せる。
「違う客に、同じもんねだってるやろ(笑)」
サクラが笑う。
「もー、なんで分かるんですか」
少し間。
「あ、そういえば」
サクラの表情が変わる。
「誕生日聞かれて、教えたら、占いしてくれて、当たってて。なんで分かるんですかーって」
橋本と高橋の視線が、わずかに合う。
「へぇ……すごい人やね」
橋本は崩さない。
「どんな感じの人で。一緒に来てた人とか、覚えてる?」
サクラは頷く。
「覚えてます。おとなしい人で、慣れてない感じで。占いする人に、“ハリポタや”って言われてました」
空気が、少しだけ変わる。
橋本はそのまま続ける。
「そのハリポタ君に付いた女の子、覚えてへん?」
「はい」
サクラは迷わない。
「千秋さんが、最初から付いて。そのまま指名してました」
一瞬の沈黙。
「誕生日が近い言うことで、占いの人が、五万のシャンパン開けてくれて。私にもフルーツ盛り、出してくれました」
橋本が小さく頷く。
「へぇ……すごいな。ありがとうな」
立ち上がる。
「帰り道、気ぃつけてな」
「はい」
サクラが頭を下げる。
橋本と高橋は、その場を離れる。言葉はない。だが——次に行く場所は、もう決まっていた。
◆
二人、三人と挟み——
「こんばんは」
次に現れた女に、橋本は一度だけ視線を向ける。整った顔立ち。落ち着いた佇まい。
だが——それ以上は読み取らない。
(……まだ分からん)
「すんませんな」
橋本が軽く頭を下げる。
「仕事前に」
女は小さく頷く。
「お名前、教えてもらえんやろか。源氏名でええんで」
「……千秋です」
その瞬間——橋本と高橋の視線が、わずかに交わる。
(来た)
表情は崩さない。橋本はそのまま続ける。
「えー、単刀直入に聞きます」
一歩、間を詰める。
「帰宅途中に、何者かに襲われませんでしたか?」
女の目が、ほんの一瞬揺れる。
「……誕生日の日とかやったり」
「えっ」
その反応。見逃さない。
だが、女はすぐに立て直す。
「特に……そういうことはありませんが」
橋本は頷く。
「そうでっか」
あえて引く。
「西淀川区のマンションでね。男女が揉めてる言うて、110番通報が入って。見に行ったら、誰もおらんくなってたらしいんですわ」
女は表情を変えない。
「へぇ……そんなことがあったんですか」
橋本が軽く笑う。
「そうなんですよ」
「帰り道、気ぃつけて下さいね」
女は静かに頷く。
「そのようにします」
橋本は手帳を閉じる。
「ありがとうございました」
二人はその場を離れる。振り返らない。
だが——もう、確信していた。




