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【第57話 西田支配人】

「高やん、そろそろ出よか」

橋本が声を掛けたのは、十五時半。

高橋はデスクに突っ伏したまま、うつらうつらしていた。資料の上に腕を投げ出し、そのまま眠りに落ちかけている。

「……寝かけてたで」

橋本が苦笑する。

高橋はゆっくり顔を上げ、人目もはばからず大きなあくびを一つ。

「……行くか」

椅子を引き、体を引き伸ばす。そのまま振り返り——少し離れた位置にいる班長に声をかける。

「班長、尼へ行きます」

班長が顔を上げる。

「おう」

高橋は続ける。

「先に尼崎署へ挨拶しときますんで。連絡、よろしゅう頼んます」

班長が軽く手を上げる。

「分かった」

それだけで通じる。

「千秋言うたか」

橋本が先に歩き出す。

「林のコレや」

高橋が後ろから続く。

「楽しみやな」

少し間を置いて——

「アレもやってないか。ちゃんと見なあかんな」

車に乗り込み、尼へ向かう。

阪神尼崎に着いたのは、十七時ちょうど。空はゆっくりと色を変え始め、街に夜の気配が滲み出している。

ドルチェビータ。

店はまだ営業前。中ではウエイターがネクタイを緩め、フロアを念入りに磨いている。グラスが整然と並び、照明は半分だけ落ちている。開店前の静けさの中に、わずかな緊張が混じる。

その空間に、二人が足を踏み入れる。

「すんません」

声がわずかに響く。ウエイターが顔を上げる。

「支配人か、店長か……」

橋本が続ける。

「マネージャーいてはります?」

空気が、わずかに張り詰めた。

「どちら様ですか?」

フロアを磨いていたウエイターが、手を止めて顔を上げる。

「ああ、こういうもんです」

橋本が手帳を開く。

「手帳の押し売りやあらへんで」

軽く笑う。ウエイターの表情は、まだ固い。

「……どういったご用ですか?」

「ちょっと事件が続いてましてね。その件で」

ウエイターは首をかしげたまま、奥の事務室へ入っていく。

しばらくして——奥から一人の男が出てきた。

薄くなった頭髪をポマードで撫でつけ、きっちりとオールバックにしている。小柄だが、目だけは鋭い。

「えーと……どういったご用件ですか?」

橋本が軽く頭を下げる。

「なんや、聞くとこによると、大阪府警さんらしいやん」

男は探るような目で見る。

「なんで尼に?」

橋本はすぐに笑顔を作る。

「ああ、実はね。隣の吹田や大淀で、ホステスさんが帰宅間際に襲われる事件が続いてまして。事情よう知ってる私らが、その延長で、尼崎まで出張ってきたんですわ」

男は小さく息を吐く。

「……はぁ」

まだ完全には警戒が解けていない。

橋本は間を空けず続ける。

「おたくは?」

「西田言います。支配人です」

橋本が一歩だけ距離を詰める。

「支配人さん。申し訳ないんやけど、ホステスさんが出勤してきたら、一人五分でええんで、ちょっと話、聞かせてもらえんやろか」

軽く手を振る。

「営業の邪魔はせえへん。迷惑はかけませんよって」

西田は一瞬考える。フロアの静けさの中で、その沈黙が妙に長く感じられる。

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