【第52話 全てが、繋がった】
「すんません」
店内に声をかける。すぐに奥から、黒服の男が出てくる。
「いらっしゃいませ」
営業用の笑顔。だが目は笑っていない。
橋本は軽く手を上げる。
「あぁ、昨日もうちのもんが来た思うんやけど」
黒服の表情が、わずかに引き締まる。
「もう一回聞いて来んかいって」
肩をすくめる。
「うちの上司、パワハラしますねん」
黒服は一瞬考える。
「……どういったご用件で?」
「ちょっとでええんで。女の子、一人ずつ話聞かせてもらえんやろか」
黒服は店内をちらりと見る。
「……分かりました。まだ忙しくなる前なんで、一人五分ぐらいまでにして下さい。時給がもったいないんで」
橋本がすぐに頭を下げる。
「すんまへんな、迷惑かけます」
黒服が軽く手を振る。
「こちらへどうぞ」
◆
店の奥へ通される。
一人目。曖昧な返事。二人目。同じような答え。
「あかんな……」
橋本が小さく呟く。
「箝口令、引かれとる」
三人目。
「まぁ、掛けて」
橋本が椅子を引く。
「名前、聞いてええ?源氏名でええから」
「ミホです」
若い。まだ学生の空気が残っている。
「学生さん?」
「はい。デザインの専門学校に」
橋本が笑う。
「見るからに、才能ありそうや」
ミホが照れる。
「えぇー、そーぉ?うれしいわ。前もお客さんに、そんな事言われたけん」
橋本が少し身を乗り出す。
「へぇー、なんて言われたん?」
ミホは少し考えてから話し出す。
「なんか……占いが得意な人で、誕生日教えてって言われて、三月四日って言うたっちゃ。そしたら——」
ミホが笑う。
「“だからミホかー”って。魚座やけん、芸術家に向いとるとか言われたっちゃ」
橋本の目が細くなる。
「ミホちゃん、福岡か?」
「えー、わかると?」
「わかるっちゃ」
空気が和らぐ。橋本は自然に戻す。
「で、その人は一人で?」
「えー……二人やったかな。魔法使いって言われてた。無口な人やったよ」
橋本は頷く。
「どんな話してたか覚えてる?」
ミホの視線が泳ぐ。
「えーと……ミホも誕生日の時は盛大にお祝いされるんか?って。私は学生やけん、そんなんないよって」
一瞬の間。
「……シホさんクラスやないと、って」
ミホの表情が固まる。
「あ……」
口を閉じる。
橋本は何も言わない。ただ待つ。
やがて——
「最後に一つだけええ?」
ミホが小さく頷く。
「その席、他に誰がおった?それだけでええ」
ミホは少し考える。
「……愛子さんから、シホさんに代わったかな」
橋本はゆっくり頷く。
◆
「お名前、聞いてよろしい?」
「源氏名でええから」
「あ、愛子です」
「愛子ちゃんね」
橋本が頷く。
「愛子ちゃんって、誕生日は?」
「十一月二十九日」
橋本がすぐに笑う。
「いい肉食おう、今日も明日もやな」
愛子が吹き出す。
「あは、何それ?」
「いい肉は毎日でも食べたいなって話や」
愛子が笑いながら頷く。
「誕生日って、お客さんに聞かれたりするん?」
「するよ。お祝いしてあげるって言われるから。十一月二十九日って言うたら、だいたい、さっきみたいに“いい肉”が多いわ」
橋本が軽く頷く。
「気の効いた返しする人はおる?」
愛子が少し考える。
「うーん……最初は喜んだけど、後で調べて、しばいたろか思たことあるわ」
橋本が笑う。
「何て言われましたんや?」
「なんや……女帝とか女王様になれる相があるって。喜んでたら、西太后やって」
橋本が目を細める。
「知らんかったん?」
「知らんくて。後で調べたら、三大悪女やんか」
二人とも笑う。
「ミホちゃんには笑われたわ」
橋本が自然に戻す。
「その時は、ミホちゃんと一緒のテーブルやったん?」
「うん。ミッキーの人」
橋本が一瞬止まる。
「……はい?」
愛子が笑う。
「お仕事聞いたらな、“内緒やけど”って。俺がシーで、こいつがランドやって。しかも魔法も使えるって。たぶん童貞なんやろ(笑)」
橋本は表情を崩さない。
「どんな人やった?魔法使いの方は」
「おとなしくて、無口な人。もう一人は、よう喋る人やったわ」
橋本が頷く。
「その人って、シホさんにも誕生日聞いてた?」
愛子が首をかしげる。
「どうやったやろ。シホさんと入れ替わりで、席離れたから」
橋本は小さく息を吐く。また一つ、輪郭がはっきりしてくる。
◆
それから何人かに当たるが、決定的な情報は出てこない。
最後に入ってきたのが、シホだった。
「どうも」
橋本が軽く頭を下げる。
「この度は、大変な目に合われまして」
シホは小さく頷くだけだった。
「必ず、犯人逮捕しますんで。ちょっと協力、お願いできますか」
「……はぁ」
橋本は椅子に腰を下ろす。
「ミホさん、愛子さんに聞きましたんやけど。二人組の客で、愛子さんと入れ替わりで、シホさんが入った日のこと。少し思い出してもらえたらと」
シホは少し考える。
「いつですかね。そういう日は多いから」
橋本はゆっくり頷く。
「一人が、よう喋る人。もう一人が無口。誕生日の話とか、占いの話で盛り上がった」
シホの表情が変わる。
「あぁ……それなら覚えてます」
橋本の視線が鋭くなる。
「占い出来るって言われて、誕生日教えたら、火難の相が出てるって」
「誕生日は何日?」
「15日ですけど」
シホは指先を見ながら続ける。
「そのあと、ライター付けたら、火が指に当たりまして。それ見て、“ほら当たったやろ”って」
橋本が軽く笑う。
「よー当たるんやな。僕も占って欲しいわ。彼女できるか」
空気を崩さずに踏み込む。
「そのヤケドした時のライターって、お店のですか?」
「はぁ……」
シホは頷く。
橋本は間を置かず続ける。
「そのライターって、どうなりました?」
シホの目がわずかに動く。
「……確か、持って帰りはりました」
その瞬間——
「……はっ」
橋本の表情が変わる。
同時に——シホも、わずかに息を飲む。
「あ……」
自分の言葉の意味に、気付いたように。視線が揺れる。
橋本と高橋が目を合わせる。
全てが、繋がった。




