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【第50話 甘い話ちゃうやろ】

シャッターが軋む音を立てて開く。夜の空気と一緒に、慎二が入ってくる。手には、重そうなバッグ。

「おぅ」

健は作業の手を止め、顔だけ上げる。

「何か聞かれたか?」

「特に」

慎二は肩を回しながら答える。

「仕事内容と、家族のことを少しやな」

健は小さく頷く。

「そうか」

短い沈黙。慎二がバッグを持ち上げる。

「金、持って来たで」

工場の中に、その言葉だけが残る。

「どうしたらええんや」

健はゆっくり振り返る。

「あっちや」

顎で、ドラム缶を指す。黒い液面が鈍く光っている。

慎二はバッグを開ける。札束が並ぶ。五百万円の束を2つ取り出す。

健が淡々と言う。

「まず、それをラップで巻く」

ビニールの擦れる音が、工場に響く。何重にも、ぐるぐると巻いていく。

「そんで、フリーザーバッグに入れる」

空気を抜きながら、口を閉じる。

「それをゴミ袋に入れて、錘と一緒に」

慎二の手が一瞬止まる。健の声は変わらない。

「……油へ」

慎二は無言で頷く。袋を持ち上げる。ほんの一瞬、躊躇がよぎる。

そして——沈める。

黒い液体が、わずかに揺れる。音は、ほとんどしない。ゆっくりと、底へ消えていく。何もなかったように。

慎二はそのまま、しばらく見つめている。健も何も言わない。油の匂いだけが残る。

やがて——

健が、ぽつりと口を開く。

「……自首して」

慎二が顔を上げる。

「あの金でやり直そ」

静かな声。だが、その奥に焦りが滲む。

「今やったら」

健は続ける。

「被害額の申告も、まだ少ないやろ。そこまで調べられん」

慎二は黙って聞いている。

健は視線を落としたまま言う。

「刑務所入ってる間もな、ここの固定資産税は……弁護士に頼めば、なんとかなる」

一気に言い切る。

「出てきたら、またやり直せる」

静けさが落ちる。慎二は動かない。

やがて、ゆっくりと顔をしかめる。

「……何言うてんねん」

低く、吐き捨てる。

「そんな甘い話ちゃうやろ」

健は何も返さない。ただ、立ったまま動かない。

ドラム缶の黒い表面が、かすかに揺れている。

二人の間にあるものも、同じように揺れていた。

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