表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
48/71

【第47話 点と点】

「ほな、出勤して来た子から聞かせてもらいますよ」

橋本が軽く笑う。

「なるべく営業の邪魔はせんので」

一拍置く。

「絶対とは言わんけどな」

店長は苦笑いを浮かべるだけだった。

それから——何人かの女に話を聞く。

「さぁ」

「知りません」

「よく分かりません」

似たような返事ばかりが続く。

らちがあかん。空気だけが、だらけていく。

その時——入口のドアが開く。

一人の女が入ってくる。髪はきれいに巻かれ、メイクも整っている。もう、このまま席に出られる仕上がり。

橋本が目だけで高橋に合図する。

「軽そうや」

女がこちらに気づく。一瞬だけ、表情が固まる。

橋本が声をかける。

「仕事前にすんまへんな」

柔らかい声。

「ちょっと聞きたくてな」

女は肩をすくめる。

「前の人にも言うたけど、何も知らんよ」

橋本は笑う。

「うん、こっちも仕事やから」

無理に踏み込まない。

「いつ頃からここで働いてるん?」

「一年半くらい前かな」

「その前は?」

「ガールズバーやよ」

「お水は長いんや」

「どうかな」

女が笑う。

「他の人の方が長いんちゃう?」

橋本が少しだけ身を乗り出す。

「他の人って……ミカさん?」

「さぁ」

軽く流す。

「うちよりは長いやろ」

少し声を潜める。

「なんせ……三十五なんやろ?」

橋本の眉が上がる。

「ビックリしたわ」

「えー、店ではいくつやってんやろ?」

「さぁ」

「この前、誕生日で“二十六”言うてたで」

橋本が吹き出す。

「ほぉー……十も鯖読んでるかいな」

「怖いな、女って」

女も笑う。

「怖いで」

「気ぃつけや」

橋本がニヤッとする。

「おもろい子やな」

(こいつは、口が軽い——)

「そんなことないよ」

少しだけ距離が縮まる。橋本は声を落とす。

「ミカさんのお客さんで、覚えてる人おったら教えてほしいんやけどな」

女は一瞬考える。

「さぁ……」

橋本が苦笑いする。

「誰か一人でもええねん」

「それぐらい持って帰らんと怒られるさかい」

女がくすっと笑う。

「んー……」

視線が泳ぐ。

「あ……」

少し顔を上げる。

「美容師の人」

橋本の目が細くなる。

「最近、二回くらい来たかな。近くの美容院で、副店長してはる」

「うちもよくセットしてもろてるねん。優しくて、おもろい人やで」

橋本が頷く。

「他に特徴とかは?」

「えーっと……」

少し考えてから言う。

「あ、クラウン乗ってるわ」

「匂いはオッサンやけど」

「あはは」

「乗せてもろたことある」

橋本が笑う。

「えらい楽しそうに話すな」

「そやろ?」

「気ぃあるんとちゃうか?」

女が笑う。

「美容師は口上手いからな」

「気ぃつけや」

「クラウンて、ええの乗ってるんやな」

「お巡りさんかてクラウン乗ってるやん」

橋本が肩をすくめる。

「パトカーのことやろ」

「僕ら刑事はあんま乗らんねん。今日はキザシや」

少し間を置いて、ニヤッとする。

「犯人逮捕の“キザシ”や」

「あはは、しょうもな」

女が笑う。まるで、自分の彼氏を話すように。楽しそうに、男の話をする。

橋本が一歩踏み込む。

「名前、教えてもらえんやろか」

「えー……」

女が首を傾げる。

「あれ、なんやったっけ」

「覚えてないわー」

「あはは」

橋本がすぐに切り替える。

「ほな、どこの美容院か教えてもらえんやろか」

「いいよ」

女は指で方向を示す。

「東口の……」

「今日出勤する子は、これで終わりです」

店長が奥から戻ってくる。さっきよりも表情が硬い。

橋本は軽く頷く。

「分かりました」

時計を見る。二十時を回っていた。

「あかん」

橋本が小さく舌打ちする。

「二十一時から報告会や」

店長に向き直る。

「忙しいとこ、すんませんでした」

軽く頭を下げる。

「また分からんことあったら、聞きに来させてもらいます」

店長の顔がわずかに歪む。

——もう来るな。

そう言っているような表情。

橋本が小さく笑う。

「もう来るな言う顔やな」

高橋が苦笑いする。

店を出る。外はすっかり夜になっていた。ネオンが強く光り、客引きの声が飛び交う。

コインパーキング。キザシに乗り込む。エンジンをかけると、静かな振動が戻る。

「腹減ったな」

橋本がシートに沈む。

「時間あるか?」

高橋が時計を見る。

「牛丼ぐらいやったら間に合うか」

「食うか」

「いこ」

店を出た。

「……あかん」

「ギリギリになるわ」

少し間が落ちる。

「お前が定食みたいなん頼むからや」

高橋が笑う。

「時間かかってもうてるやん」

「すまん」

短いやり取り。車は夜の道へ滑り出す。

しばらくして——橋本がぽつりと言う。

「しかし……」

フロントガラスの先を見たまま。

「この前、誕生日言うてたな」

高橋がすぐに返す。

「気付いたか」

「おう」

一瞬、間。

「二十六歳」

橋本が小さく頷く。

「やっぱり」

視線が鋭くなる。

「襲われた日、誕生日や思てええんちゃうか」

「いつやったか聞いたら良かったわ。しもた」

「また聞きに行こ。美容師も見に行かんとあかんし」

車内に、短い沈黙が落ちる。

点と点が、繋がり始めていた。

キザシはそのまま、吹田署へ向かう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ