【第46話 もう一度、話を】
捜査一課のフロアは、朝からざわついていた。電話の音。コピー機の唸り。誰かの怒鳴り声。空気が常に動いている。
「高橋、橋本」
班長の低い声が飛ぶ。二人は同時に顔を上げる。
「お前らは——」
資料を机に叩きつける。
「十三のキャバクラ行ってこい。全員と面談や」
橋本に視線が刺さる。
「お前の口で、割らしてこい」
橋本が肩をすくめる。
「はいはい」
高橋は苦笑いを浮かべる。
周りでは、別の班にも次々と指示が飛んでいる。地図が広げられ、ペンが走る。
タカモトコンビは、その場に残る。パソコンの画面に、大阪中の自動車工場のデータが並ぶ。数字と住所が、びっしりと詰まっている。
「……あかん」
橋本が椅子の背にもたれかかる。天井を見上げる。
「こんなん無理やろ」
画面を指でなぞる。
「何軒ある思とんねん」
高橋は画面から目を離さない。
「とりあえず市内からや」
マウスを動かす。
「個人経営と、登記は会社やけど実質個人のとこ。そこ絞る」
橋本が小さく笑う。
「結局、足で回るやつやん」
キーボードの音だけが、しばらく続く。
◆
昼過ぎ。
「……あかん」
橋本が立ち上がる。椅子がわずかに軋む。
「出よ」
二人はフロアを抜ける。外に出ると、昼の光が強い。アスファルトが白く照り返している。
駐車場。シルバーのキザシ。ボディに薄く埃が乗っている。
ドアを開け、乗り込む。エンジンをかけると、軽く振動が伝わる。
「まだ早いやろ」
橋本がシートに沈みながら言う。
「ちょっとラーメンでも食お」
高橋がハンドルを切る。
「そこの塩ラーメン。この時間やったら空いてるやろ」
だが——店の前には、数人の列。暖簾が揺れている。中から湯気とスープの匂いが流れてくる。
「……しゃあないな」
並ぶ。橋本がぼそっと言う。
「夕方前にラーメン食うかね」
高橋が笑う。
「どの口が言うてんねん」
鍋の音。麺を上げる音。腹が鳴る。
◆
やがて——十六時。十三。
コインパーキングにキザシを滑り込ませる。車を降りると、街の空気が変わる。ネオンが点き始め、看板が光り出す。客引きの声。笑い声。昼と夜の境目。
二人はビルへ向かう。キャバクラの入口。重たい扉の向こう。
仕事の時間や。
◆
キャバクラ〈ゴールドスター〉
営業前の店内は、まだ灯りが半分しか点いていなかった。フロアには誰もいない。ソファーの隙間やテーブルを、ボーイが黙々と拭いている。アルコールの匂いが、うっすらと漂う。
「すんまへん」
声をかけると、ボーイが顔を上げた。一瞬、眉が寄る。
「店長さん、いてはりますか?」
「えーと……何か御用ですか?」
掃除の手は止まらない。だが、視線だけがこちらを探る。
橋本はポケットから手帳を取り出す。軽く開く。
「こういうもんで」
その瞬間——ボーイの表情が、わずかに固まる。ほんの一瞬。だが、確かに変わった。
「……ちょっと待って下さい」
雑巾をその場に置き、奥のオフィスへ消える。
店内に、静けさが戻る。エアコンの音だけが響く。
やがて——
「はい」
奥から男が出てくる。私服のまま。まだネクタイも締めていない。
「何か御用でしょうか」
柔らかい口調。だが、目は笑っていない。
橋本が一歩前に出る。
「いえね」
軽く頭を下げる。
「先日は、違う者が伺った思うんですが」
言葉を選ぶように続ける。
「ちょっと聞きそびれた事がありましてね」
間を置く。
「もう一度、皆さんから話、聞かせてもらえんやろかと」
店内の空気が、わずかに張り詰める。




