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【第42話 イタタ】

どういう道を通って戻ってきたのか、覚えていない。

気づけば、工場の前だった。シャッターを押し上げる。黒のZRXを滑り込ませるように中へ入れる。

中に入った瞬間、力が抜ける。

「……大丈夫か」

健が息を切らしながら言う。

「病院、行こ」

慎二は首を振る。

「大丈夫や……」

声がうまく出ない。

「鼻が……痛い」

脇腹に手を当てる。鈍い痛みが広がる。

「……骨、折れたんちゃうか」

健が顔をしかめる。

「明日、病院行こて」

「……わかった」

慎二はその場にしゃがみ込む。

「とりあえず……ここで横にならせてくれ」

そのまま床に体を預ける。冷たいコンクリートが、背中に伝わる。

工場の中に、荒い呼吸だけが残る。

その頃――

マンション前。悲鳴を聞きつけた近所の住人が、外に出ていた。ざわつく声。不安げな視線。

やがて、一台のパトカーが静かに止まる。赤色灯が、濡れた路面を淡く染める。

だが――そこには、もう誰もいない。

通報者から事情を聞く。断片的な話。男。悲鳴。争う音。

警官たちは周囲を見回す。だが、手がかりはない。

やがて、パトカーはゆっくりと走り去る。雨上がりの空気だけが、静かに残っていた。

翌朝。

ソファーで目を覚ますと、工場の中は薄く明るくなっていた。シャッターの隙間から、朝の光が差し込んでいる。

慎二は、昨日のままの体勢で横になっている。動かない。

「……おい」

返事がない。

「おい、大丈夫か」

体を揺らす。慎二の顔が歪む。

「……イタタ……」

ゆっくりと目を開ける。体を起こそうとするが、うまく動かない。健が手を貸す。肩を支える。ようやく、胡座をかく形で座る。

「痛いわ……」

脇腹に手を当てる。顔がしかめられる。

「今日は、仕事休むは」

少し間を置く。

「美容院やなくて……病院やな」

誰も笑わない。健が小さく頷く。

「わかった。九時にタクシー呼ぶ。一緒に行こ」

「……すまん」

慎二はソファーに体を預け直す。ポケットからタバコを取り出す。火をつける。

一口吸った瞬間――

「……イタタ」

顔をしかめる。

「あかん……脇腹にこたえるわ」

健が立ち上がる。

「コーヒー淹れたるわ」

工場の中に、朝の静けさが広がる。煙だけが、ゆっくりと上へ昇っていく。

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