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【第40話 やめとけ】
それから一時間。
雨は、いつの間にか弱まり始めていた。路面だけが濡れたまま、街灯の光を鈍く返している。
バックミラーに、ヘッドライトの光が映る。白い光が、にじんで広がる。
来たか――
マンションの前で、車が止まる。
健はゆっくりと振り返る。一度だけ、周囲を確認する。ポケットに手を入れる。連絡を入れようとする。
だが――
視界に入った車に、指が止まる。
MASERATI。
見覚えがある。かつて、自分の工場で触った車。
低く震えるエキゾーストノイズ。停まったままでも、地面を伝ってくる。
持ち主がやばい。
「……」
千秋が降りる。一人。ドアを閉めると、そのまま小走りでエントランスへ向かう。
健は携帯を握る。だが、指が滑る。
――やめとけ
とだけ
送信。
既読は、つかない。
エンジン音だけが、低く残っている。
健のポケットの中で、携帯が震える。
到着の合図。
息を殺す。体を沈める。
来た。




