【第39話 ケガもさせたくない】
半分閉まったシャッターを、手で押し上げる。鉄の擦れる音が、静かな工場に広がる。
慎二はエンジンを切ったまま、黒のZRXを押し入れた。タイヤがコンクリートの床を重く転がる。油と鉄の匂いが、ゆっくりと戻ってくる。
中は薄暗い。奥のソファーに、健が座っている。背もたれに体を預けたまま、動かない。
慎二はバイクを止め、スタンドをかける。乾いた音が、やけに大きく響く。
「どんな感じや」
健が顔を上げる。
慎二はヘルメットを外し、首を軽く回す。まだ外の空気を引きずっている。
「えらい盛況や」
少し口元が緩む。
「ごっつい花輪が、ぎょうさんあったわ」
健はじっと聞いている。何も挟まない。
「千秋の誕生日や」
「店の前、目立ちすぎるぐらいやった」
工場の中に、少しだけ間が落ちる。
「期待できるで」
その言葉だけが残る。
健はゆっくりと視線を落とす。考えている。何かを測るように。
◆
零時を少し回った頃、マンションにはすぐに着いた。
雨は細かく降り続いている。街灯に照らされ、白く浮いて見えた。
黒のZRXを、一方通行の細い道に停める。エンジンを切ると、音が一気に消える。残るのは、雨の音だけ。
「カメラの死角で、潜めるとこ探してくる」
慎二が言う。ヘルメットを被ったまま、歩き出す。足音は、雨に紛れる。
健はその場に残る。バイクに跨ったまま、動かない。視線だけが、マンションの入口に向いている。
しばらくして、慎二が戻ってくる。濡れた路面を踏みしめながら。
「潜めるとこ、見つけたが……」
少しだけ言葉を切る。
「車が見えにくい」
健は短く頷く。
「到着したら、連絡くれ」
「分かった」
少し間が落ちる。雨音だけが続く。
「くれぐれも無理すんなよ」
健が言う。
「それと……ケガもさせたくない」
その言葉に、慎二は何も返さない。ただ、一度だけ小さく頷く。
再び、夜が静かになる。




