表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
39/71

【第38話 花の数】

工場に戻ると、シャッターを上げる音が静かな空間に響いた。

その音で、健が目を覚ます。ソファーに横になったまま、ゆっくり体を起こす。

「……どうやった」

慎二はヘルメットを外しながら答える。

「おぅ」

「失敗か」

「いや」

「なんや」

「近所や」

健の動きが止まる。

「……やめよ」

「いや」

慎二はすぐに返す。

「近いからええ」

健は首を振る。

「慣れてる」

「それと」

慎二が続ける。

「金持ちや」

健は息を吐く。

「……あかんあかん。大阪やろ。兵庫やないと」

「いや」

慎二が遮る。

「早めに仕上げて、手ぇ引こ」

しばらく沈黙が落ちる。

「ほんまに最後やな」

健がぽつりと言う。

「ほんまや」

慎二が頷く。

「危ないのは、俺も嫌や。今回は車は使わんとこ」

健が顔を上げて言う。

「逃げにくい」

「何使うねん」

健は視線を動かす。慎二もその先を見る。

黒のZRX。

「……任せる」

「今日はもう眠い」

健が体を伸ばす。

「飲み過ぎた」

「ほな」

慎二が立ち上がる。

「また明日、仕事終わりに顔出すわ」

健はソファーに腰を下ろしたまま、軽く手を上げる。

シャッターが開く音。そして、閉まる音。工場に、静けさが戻る。

健はしばらく動かない。視線の先には、黒のZRX。さっきまで慎二が跨っていたままの形で、そこにある。

夕方。シャッターが上がると、西日の光が工場の中に差し込んだ。床に長く影が伸びる。

「ちょっと、尼見てくるわ」

慎二がそのまま歩きながら言う。

「バイク貸してくれ」

健が顔を上げる。

「ナンバー変えといた」

慎二は小さく笑う。

「早いな、仕事」

外に出ると、まだ空は明るい。キーを回す。低いマフラー音が、住宅街に響く。

ブォーン。

黒のZRXが走り出す。

尼崎の駅前は、夜の準備が始まっていた。ネオンが少しずつ灯り始め、店の前には人が集まり出している。

ドルチェビータの前で、慎二は思わずスピードを緩めた。

店の入口に、花が並んでいる。赤、黄色、ピンク。大きな札が何本も立っている。風に揺れて、紙がパタパタ鳴る。

「千秋ちゃん 誕生日おめでとう」

歩いている人間も、思わず目をやるほど派手だ。

「すごいな……」

慎二がつぶやく。

「これは期待できそうや」

「戻るか」

四十三号線に出ると、空気が一気に変わる。トラックのエンジン音。排気ガスの匂い。車の列が途切れない。その流れに紛れて走る。目立たないように。

福駅を越えて左へ入ると、急に静かになる。住宅街。街灯のオレンジの光。人通りは少ない。

野里の交差点が見えてくる。慎二は自然にスピードを落とす。

ロイヤルコート野里。

コンクリートの外壁。均等に並んだ窓。灯りがついている部屋と、暗い部屋。

駐車場に目をやる。

違和感。

昨日見た、BMW。MASERATI。その場所だけ、空いている。

慎二はそのまま通り過ぎる。振り返らない。

「……工場、戻るか」

ZRXの低い音だけが、静かに続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ