【第36話 追跡開始】
タクシーで工場に戻ると、あたりはもう静まり返っていた。シャッターの隙間から、わずかに灯りが漏れている。
二人はそのまま中へ入る。油の匂い。冷えた空気。
慎二は奥へ歩き、黒のZRXの前で足を止める。そのまま跨る。
「久しぶりやわ」
「ちょっと怖いな」
健は何も言わず、ヘルメットを差し出す。
「メット借りるで」
シャッターをくぐり、外へ出る。キーを回す。低く、くぐもった音がマフラーから響く。
「くれぐれも無理すんなよ」
慎二は小さく頷く。黒のZRXが、夜の中へ滑り出す。
国道二号線には出ず、四十三号線へ。大型トラックの列に紛れる。速度を合わせる。無理に抜かない。流れに溶け込む。
交差点を右折する。阪神尼崎の高架をくぐる。一瞬暗くなり、すぐにネオンへ戻る。
もう零時に近い。それでも人の流れは途切れていない。酔った声。タクシーの列。
「ドルチェビータ」
灯りはまだ落ちていない。そのまま通り過ぎる。少し先で速度を落とす。トラックの影に入る。エンジンは切らない。低い音が、街に溶ける。
店の入口を視界に入れる。人の出入り。客。女。ウェイター。
しばらくして、扉が開く。先にサクラたちが出てくる。笑いながら、まとまって歩く。そのまま送迎車に乗り込む。ドアが閉まり、すぐに走り去っていく。
千秋は、まだ出てこない。
時間だけが過ぎる。通りのざわめきが続く。
やがて――
再び扉が開く。黒服の男が先に出る。その後ろから、千秋。黒服が半歩前に出て、通りを確認する。そのまま千秋を外へ導く。
タクシーが一台、横付けされる。ドアが開く。千秋は迷わず乗り込む。黒服は軽く頭を下げる。そのまま見送る。
タクシーが流れに乗る。
「よし」
慎二が小さく言う。アクセルを軽くひねる。
黒のZRXが、ゆっくりと動き出す。距離は詰めない。離しすぎない。タクシーのテールランプを追う。
夜の中で、静かに追跡が始まった。




