【第34話 温度が違う】
笑いがひと段落したところで、慎二がふと思い出したように口を開く。
「千秋ちゃんは、いつが誕生日なん?」
視線は千秋に向けず、サクラに振る。
サクラが「あっ」と小さく声を上げる。
「それが……」
少しだけ間を取ってから、
「なんと、明後日なんです」
慎二が顔を上げる。
「ええ?」
少し大げさに驚く。
「そうやったんかいな」
千秋の方を見る。
「ほんなら、お祝いせなあかんやん」
千秋は小さく笑う。
「ありがとうございます」
落ち着いた声。
「お気持ち、嬉しいです」
その言い方に、無理がない。
慎二はそのまま頷く。
「さすがナンバーワンやな」
グラスを軽く回す。
「落ち着いとる」
千秋は何も返さない。ただ、わずかに笑うだけ。
慎二はサクラの方へ顔を向ける。
「ちょっとシャンパンのメニュー持ってきて」
サクラがすぐに立ち上がる。
「はい」
軽い足取りで席を離れる。しばらくして戻ってくる。メニューを開いてテーブルに置く。
「どうぞ」
慎二はページをめくる。一瞬、手が止まる。
「……高っ」
小さく漏れる。
サクラが笑う。
「誕生日当日やと、もっと高いのが入るんですよー」
さらっと言う。慎二は鼻で笑う。
「分かった」
メニューを閉じる。
「今日はそんなに持って来てないから、この五万ので、お祝いしよか」
軽く言う。だが、その声ははっきりしていた。
サクラが嬉しそうに頷く。
「ありがとうございます!」
千秋はグラスを持ったまま、少しだけ目を細める。
その反応は、喜びというより——どこか冷静だった。
その様子を、健は見ていた。さっきからずっと、引っかかる。
タトゥー。指の触れ方。そして今の反応。
――普通と、少し違う。
だが、それが何かまでは、まだ分からない。
◆
しばらくして、店内の照明がわずかに変わる。スタッフの声が響く。
「三番テーブルさんから――シャンパンいただきましたー!」
周囲から拍手と歓声が上がる。
「ありがとうございまーす!」
声が重なり、店内が一気に華やぐ。
サクラがぱっと顔を明るくする。
「すごーい!」
素直な反応。慎二はそれを横目で見ながら、軽く笑う。
千秋はグラスを持ったまま、小さく頭を下げる。大げさではない。慣れている動きだった。
テーブルにシャンパンが運ばれてくる。氷の音。グラスに注がれる淡い泡。
慎二がグラスを持つ。
「ほな、お祝いしよか」
軽く掲げる。サクラも慌ててグラスを持つ。
「ありがとうございます!」
一口飲んだあと、慎二がふと思い出したように言う。
「サクラにも、お祝いや」
サクラが驚いた顔をする。
「え?」
慎二は軽く笑う。
「ブランドは売られるからな」
さらっと言う。
「フルーツ盛り入れて、食べよ」
サクラが一瞬きょとんとする。すぐに笑顔になる。
「ほんまにー?」
少し身を乗り出す。
「ありがとう!」
素直な声。
そのやり取りの横で――千秋はグラスを持ったまま、静かにそれを見ていた。
表情は変わらない。だが、その視線だけが、わずかに鋭い。
健はそれに気づく。胸の奥で、何かが引っかかる。
騒がしい店の中で、そこだけ温度が違って見えた。




