33/71
【第32話 尼や】
「……分かった」
その一言のあと、少しだけ間が落ちる。
健は視線を外さず、そのまま続けた。
「もう一つや」
慎二が眉を上げる。
「なんや」
健は短く言う。
「大阪はやめとこ」
一瞬、空気が止まる。
慎二が小さく首を傾げる。
「……どこでやるんや」
健は迷わない。
「尼や」
淡々と答える。
「尼崎にせなあかん」
慎二は少し考える。
健が続ける。
「今のままやと、捜査が繋がる」
低く言う。
「北区と吹田、もう近い」
「これ以上やったら、一気に来る」
慎二は黙る。健の言葉を飲み込むように。
「場所ズラしたら、流れも切れる」
「管轄も変わる」
「時間も稼げる」
一つずつ、確かめるように言う。
「だから尼や」
短く言い切る。
慎二はしばらく考える。やがて、小さく息を吐く。
「……分かった」
頷く。
だがその顔は、納得というよりも——
早く次に行きたい、そんな色が残っていた。




