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【第30話 もしもの時】

健は何も言わず、工具に手を伸ばしたまま動かない。

その横で、慎二が口を開く。

「けんちゃん」

少しだけ間を置く。

「……嫌や」

低い声。空気がわずかに張る。

健は視線を上げない。

慎二が続ける。

「あと一回や」

言い切る。迷いはない。

「今回……もう少し額があれば、やめてた」

ぽつりと落とす。

工場の中に、その言葉だけが残る。

健の手が止まる。ゆっくりと顔を上げる。

「……まだやる気か」

低い声。

慎二は笑わない。ただ、真っ直ぐに見返す。

「今回、少なすぎるやろ」

短く言う。

「このままやったら、終われん」

健はしばらく何も言わない。やがて、小さく息を吐く。

「リスク、上がっとる」

静かに言う。

「警察も動き出しとる」

慎二は首を振る。

「まだ甘い」

言い切る。一歩、踏み出す。

「キャバクラの女に聞いた」

健の視線がわずかに動く。

「事情聴取も、うまくいってない」

間を置かず、続ける。

「まだバラバラや。繋がってへん」

言葉が重なる。

慎二はさらに一歩近づく。

「いける」

低く言う。そして、短く。

「頼む」

その一言だけが、工場に残る。

健は何も言わない。ただ、慎二を見ていた。

その視線が、ゆっくりと揺れる。重たい空気が、しばらく続く。

健は視線を落としたまま、動かない。やがて口を開く。

「……もしもの時」

低い声。

「もしもの時は、どうするんや」

慎二は一瞬だけ言葉を詰まらせる。だが、すぐに続ける。

「ネットで調べたらな」

「強盗傷害は……五年はくらう」

「幇助やったら、二、三年やろ」

淡々と。自分に言い聞かせるように。

「どっちにしても……」

言葉が止まる。一瞬の沈黙。

「このままやったら、終われんやろ」

低く言い切る。

さらに沈黙が落ちる。

やがて慎二が、ゆっくり口を開く。

「……捕まったら」

健の視線が上がる。

「俺がそそのかしたって言え」

間を置かず続ける。

「……ほんまのことや」

静かに言い切る。

健は何も言わない。ただ、見ている。

慎二は視線を逸らさない。

「捕まったら、アイツは、俺に利用されただけやって言う」

言い終えて、ふっと息を吐く。

冗談ではない。軽さもない。ただの確認みたいな言い方やった。

健はしばらく黙る。やがて、小さく息を吐く。

「……アホか」

ぽつりと落とす。

その声には、力がなかった。

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