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【第2話 名前だけ、頭に残る】

 翌日の昼前。

シャッターの音で分かった。

「おぉ、けんちゃん」

慎二や。手には缶コーヒーを二本ぶら下げている。

「ほら」

一本、投げてよこす。健は受け取った。

「分かってたけどな」

「何がや」

「返しに来るの」

慎二は笑う。

「ちゃんとしてるやろ」

クラウンは、何事もなかったみたいに元の場所に戻されている。傷もない。

それが、余計にあかん。

「今から仕事か?」

「おぉ。まだ酒残ってるわー」

健は顔をしかめた。

「飲酒運転はやめとけ」

間。

「大丈夫や。昨日は代行呼んだ」

当たり前みたいに言う。健は何も言わんかった。

慎二はコーヒーを一口飲んでから、軽く手を上げた。

「ほな仕事行ってくるわ」

「今日は遅番や」

それだけ言うて、くるりと背を向ける。足取りは軽い。何もなかったみたいに。

健はその背中を、黙って見送った。

美容室は、昼の光が入って夜とは別の顔をしていた。

「副店長」

若いスタッフが小声で寄ってくる。慎二はハサミを動かしたまま、顔も上げん。

「店の前に派手な女の人がいて、中をずっと覗いてるんですけど」

「怪しくないですか?」

慎二は鏡越しに視線を向けた。

店の前。派手な女が、ガラス越しに中を覗いている。

見覚えのある顔やった。

「……あぁ」

小さく息を吐く。

「知ってるわ。入れといて」

スタッフは少し安心した顔で、女を招き入れた。女は店内を見回してから、待ち合いのソファーに腰を下ろした。少し浮いている。せやけど、帰らへん。

慎二はそのまま手を動かし続ける。

「はい、こんな感じでどうですか」

客が頷く。会計へ回す。ようやく手が空いた。

「お待たせ」

椅子に座らせて、クロスをかける。コームを手に取って、髪を軽くすくいながら全体を見る。

「どんな風にしよか」

「昨日みたいなんでええ?」

「今日はな、もうちょいボリューム出して。ここ巻いてほしいねん」

慎二は一瞬だけ止まる。

「……お蝶夫人か」

「何それ」

「ほなデビか」

「デビは嫌やで」

肩をすくめる。

「まぁええ」

ドライヤーのスイッチを入れる。風の音が、会話を一度切った。

風が少し落ち着く。慎二は何気なく聞いた。

「今日はどっか行くん?」

女が鏡の中で目を合わせる。

「マキちゃんの誕生日やねん。そやから、うちも負けんように」

言い方は軽い。けど、目は違った。

「えー。誕生日って、なんや。花とか風船とか送ったりするやつかいな」

「そんなんちゃうって。そんなんじゃ終わらん」

間。

「どんなもんなん」

女は少し笑った。

「この前な、ナンバー2の、のぞみさん。一晩で五千万やで」

慎二は一瞬だけ止まる。

「えー。ほな、ナンバーワンの自分やったら、いくらぐらいになるん?」

女は吹き出した。

「アホか。うちはベストテン、ギリギリぐらいやわ」

軽い返しやった。せやけど——

「で」

慎二は何気なく続ける。

「ナンバーワンて、何て言う子なん?」

女は少しだけ考えて——

「……ミカさん」

あっさりやった。

「ふーん」

慎二はそれ以上聞かへん。ハサミを動かし続ける。

ミカ。

名前だけ、頭に残った。

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