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【第28話 アヤカ】
それから、互いに三杯ずつ空けた。グラスを置くたびに、氷の音が少しずつ鈍くなる。
店を出ると、夜風が頬に当たった。
「キツいお酒やったから、ちょっと酔ったわー」
女がそう言って、腕に絡みついてくる。体温が近い。アルコールの匂いが、かすかに混じる。
「ちょっと酔い醒ましに休憩しよか」
上目遣いで言う。
慎二は小さく笑う。
「あー、変なことするやろ」
「アホか」
女はすぐに返す。
「寝てまうわ」
軽く笑う。そのまま、歩き出す。
結局、二人はその流れのまま盛り上がっていた。言葉も距離も、少しずつ緩んでいく。
慎二はポケットからタバコを取り出し、口にくわえる。火をつけようとして、指が止まる。
ライター。
頭の奥で、何かが引っかかる。
――あそこで落としたんか。それとも、どこかに忘れたか。
マークXで行くときは、あった。そこまでは、覚えている。
「……」
思考が一瞬、沈む。
女が顔を覗き込む。
「そういえば」
少し間を置いて、慎二が言う。
「名前、聞いてなかったな」
女が首をかしげる。
「どっちの?」
「本名や」
女は少しだけ笑って、
「アヤカ」
と答えた。
慎二は軽く頷く。
「ええ名前やな」
少しだけ間が空く。
(……知らんけど)
口には出さない。
夜の空気だけが、ゆっくりと流れていた。




