【第27話 カラン】
美容院を出ると、外はすでに夕方の色に変わっていた。街のざわめきが少しずつ濃くなり、駅の方へ人の流れができている。
二人は並んで歩き出した。
「何食う?」
慎二が何気なく聞く。
「お寿司がいいな」
女は迷いなく答える。
「ええな」
少しだけ考えて、続ける。
「駅前の、寿司一徹行こか」
「うん」
女はすぐに頷く。
「好きなん、注文しいや」
そう言うと、女は笑った。
「今日は車とちゃうん?」
慎二は首を振る。
「今日はちゃうねん」
少し間を置いて、
「チャリや」
女がくすっと笑う。
「クラウン、良かったわ」
思い出したように言う。
「匂いは好きちゃうけど」
軽く笑う。慎二は何も言わない。ただ、前を見たまま歩いていた。
◆
寿司屋を出ると、夜の空気が少しだけ冷えていた。店の灯りが背中で遠ざかる。
女は満足そうに息を吐く。
「美味しかったな」
「せやな」
短く返す。
しばらく歩く。駅前のネオンが、にじむように広がっている。
女がふと立ち止まる。
「ちょっと飲み直そうか。BARでも」
軽い調子で言う。
慎二は一瞬だけ考える。
「……ええで」
女はすぐに歩き出した。ネオンの方へ。
慎二は少し遅れてついていく。ポケットに手を入れる。何もない。
あのライター。
一瞬だけ、昨夜の光景がよぎる。すぐに消す。
今は関係ない。
そう思いながら、足を進める。
◆
BARの扉を押すと、外の喧騒が一気に遠のいた。薄暗い照明。低く流れる音楽。
二人はカウンターに並んで座る。
「何飲む?」
女が聞く。慎二はメニューを見ずに答える。
「俺はコルドン、ロックで」
女は少しだけ考えて、
「私はスプモーニ」
と続けた。
氷の音が静かに響く。グラスが目の前に置かれる。慎二はコルドンを一口だけ飲む。
やがて、慎二が少し身を乗り出す。
「でさ……」
グラスを揺らしながら聞く。
「事情聴取って、どんな事聞かれるん?」
女はストローを回しながら、少しだけ間を置く。
「まぁ……時間とかやな」
淡々と答える。
「何時に帰ってきたとか、どこで何してたとか」
慎二は頷く。
「ふーん……」
少し考えるようにして、続ける。
「一人一人、呼ばれてな。順番に話聞かれるんよ」
女は何も言わない。氷の音だけが小さく鳴る。
「刑事が二人でさ」
女は少し笑う。
「初めて警察手帳みたわー」
軽い口調。だが、その奥に不安が残っている。
「でな、店から“余計なこと言うな”って言われてて」
声が少し落ちる。
「誕生日やったとかは言うてない」
慎二の手が、わずかに止まる。女は気づかない。
「ミカさんにはどんな客がついてるんか、とか。送迎されるんか、とか。いろいろ聞かれたわ」
グラスを口に運ぶ。
「だいたい、“さぁ”とかで答えといたけど」
軽く笑う。
「めんどくさいし」
慎二は何も言わない。グラスの中の氷だけを見つめていた。
カラン、と音が鳴る。




