【第22話 笑わしよる】
朝になり、雨は上がっていた。
濡れていた街が、ゆっくりと色を取り戻していく。昨夜の気配だけが、どこかに残っている。
また、寝れない夜が明ける。
カーテンの隙間から差し込む光が、部屋の中を白く照らしていた。つけっぱなしのテレビが、誰に向けるでもなく音を流している。
六時のニュース。
無機質な声が、淡々と事件を読み上げる。
『大阪市北区のマンションで、飲食店店員の山下奈央さん(30)が何者かに襲われ、現金およそ一万五千円が入ったバッグを奪われました』
『山下さんは顔や背中にけがを負い、全治一か月の見込みです』
『なお、同居している娘や母親にけがはありませんでした』
『警察は強盗傷害の疑いで捜査しています』
画面には、あのマンションが映っている。規制線、人だかり、赤色灯。昨夜の雨が嘘のように、空は晴れていた。
健は無言でそれを見ていた。
視線を落とす。
「……やっぱり子持ちか」
小さく呟く。
「三十は、ええやろ」
そのとき、ポケットの中で携帯が震えた。取り出して画面を見る。
慎二からの着信。通話を押す。
「おぉ」
少しだけ間を置いて続ける。
「おはようさん」
向こうの声が返る。
「寝れんわ」
健は短く息を吐く。
「……そらそうやろ」
慎二も同じや。声の調子で分かる。
「しかし、子持ちやったんか」
「ああ」
「おうてたの」
「三十やと」
少しだけ間が空く。
「二十六やいうたら、何で分かったん言うとったぞ」
笑い混じりの声。健は何も言わない。
「きいたか」
「ああ」
「被害額、一万五千円やて」
一瞬、沈黙が落ちる。
「……笑わしよる」
乾いた声で返す。
「後で顔出すわ」
それだけ言って、電話は切れた。
携帯をテーブルに置く。テレビはまだ何かを話し続けている。
無機質な声。
だが、もう耳には入ってこない。




