【第18話 あそこやな】
その日の夜。
マンションをぐるりと回ると、裏手に出た。人の気配はなく、街灯の明かりだけが外壁を照らしている。健は歩きながら視線を上げた。各階の廊下が外に開けている構造で、奥にはエレベーターの動きもわずかに見える。
エントランスを通らずとも、この高さなら壁を越えて中に入れる。健は足を止め、距離と高さを測る。踏み切る位置、手のかかり、着地の音――頭の中で一通りなぞる。だがすぐに視線をずらした。角に設置されたカメラが、こちらを見下ろしている。
無理に入る場所ではない。
一度引く。
少し離れた位置へ移動する。街灯の影に身を置くと、各階の廊下とエレベーターの動きがはっきりと見える。健はその場に立ったまま、目を慣らす。人の流れ、灯りの点き方、音の反響――細かな変化を拾いながら、しばらく観察を続けた。
「……よし」
小さく呟き、車へ戻る。
ドアを開けて乗り込み、そのままエンジンをかける。マークXが静かにその場を離れた。
◆
しばらくして。
黒のZRXが低い音を抑えながら、マンション近くへ滑り込む。回転を落とし、クラッチを切る。惰性のまま影へ流し込み、車体を寄せる。
そこでエンジンを落とした。
夜が一段、静かになる。
健はバイクを降り、建物の陰に身を寄せる。先ほど確認した位置に体を置き、視線を上げる。マンションの正面と廊下の両方を押さえられる角度だ。
待つ。
時間が流れる。通りを抜ける車の音が遠ざかり、やがて夜が深くなる。
そのとき、タクシーのライトが視界に入った。
「……来た」
低く呟く。
マンションの前で停まる。シホが降りる。
その動きに合わせ、健は位置をずらす。足音を殺し、廊下が見える位置へ移る。
シホがエントランスに入る。
数秒。
エレベーターのランプが動き出した。一階から、ゆっくりと上がっていく。
健は視線を外さない。
二階、三階、四階――止まらない。五階、六階、七階。まだ上がる。八階、九階。
そして、十階で止まった。
健は息を止めたまま、そのまま見続ける。
エレベーターは動かない。廊下の灯りにも変化はない。
「……そこやな」
小さく呟く。
そのまま動かず、さらに様子を見る。
十階の廊下に目を凝らす。やがて、ひとつ灯りが点いた。わずかに遅れて、別の部屋にも光が入る。
だが最初の一つだけ、点き方が違った。一瞬遅れて、ふっと明るくなる。
人が入った灯りだ。
健は目を細める。位置を測る。
エレベーターから数えて、三つ目。角ではない。中央寄りの部屋。
ベランダに目を向ける。カーテンがわずかに揺れる。一度だけ、人影が横切った。それ以上の動きはない。
健は視線を外さず、もう一度エレベーターの表示を見る。
動かない。他の階にも動きはない。
条件は揃っている。
「……あそこやな」
小さく呟く。
ようやく息を吐いた。




