【第17話 ファミーユ中津北】
次の日の夜、十九時。
マークXに乗り込み、中津のマンションへ向かう。今夜は健一人だ。
少し離れた位置で車を止め、様子を見る。仕事帰りの住人が数人、足早に出入りしている。その中に、買い物帰りの主婦の姿があった。
健はタイミングを合わせる。主婦の背中に合わせてエントランスへ入る。オートロックのドアが開く。間を空けずに中へ滑り込む。
呼び止められる気配はない。
そのままエレベーターへ向かう。主婦と同じ箱に乗り込む。
「何階ですか?」
「……十階です」
ボタンが押され、扉が閉まる。静かに上昇する。数字が一つずつ変わっていく。ガラス越しに、梅田の明かりが近く見える。
距離と位置を頭に入れる。
軽い振動とともに止まる。扉が開く。主婦が先に降りる。健は一呼吸置いてから出る。
廊下に出る。空気が変わる。生活の匂いはあるが、静まり返っている。
左右に視線を走らせる。
カメラはない。エレベーター内とエントランス入口――あの二箇所だけか。戻る動線と非常階段の位置を確認する。一度だけ奥まで視線を送り、引く。
ここは単身者向けの造りではない。廊下の幅、ドアの間隔、玄関前に置かれたベビーカー。
ファミリー向けか。
健の視線が壁のプレートに移る。黒ずんだ金属板。
「ファミーユ中津北」
小さく読み上げる。
「江坂のグランドエステートに比べると……名前も古いな」
視線を戻す。
「……シホ」
小さく呟く。
さらに一拍。
「ひょっとして、子持ちか」
それ以上は踏み込まない。
健は静かに踵を返した。




