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【第14話 南方の夜】

「十三はヤバい」

健が前を見たまま言う。

「南方まで出よ」

車が流れる。ネオンがにじむ。

慎二が外を見る。

「……しかし、南方も変わったのう。中国のエステばっかりやな」

健は何も言わん。

「そこ、停めよ」

健はクラウンをコインパーキングに入れる。エンジンを切る。

二人は歩き出す。通りにはネオンが並ぶ。ラウンジ、スナック、クラブ。キャバは少ない。

その中で、若い女が短いスカートで立っている。視線を合わせてくる。一歩踏み出す。

「ちょっと飲みませんか?」

慎二が足を止める。

「……なんぼなん?」

「四十五分、一万です」

「高いな」

「サービスしますよ」

慎二は少し考える。

「……しゃあないな。ほな、ちょっとだけな」

二人は店に入る。中は暗い。狭い。椅子に座る。沈む。

「……安もんやな」

「抜けとる」

「どうもー」

女が来る。顔を上げる。

「……さっきの」

通りで声をかけてきた女や。

「いらっしゃい。お仕事帰りですか?」

「おう」

女が笑う。

「愛子です」

慎二が軽く頷く。愛子が身を乗り出す。

「よかったら、どんなお仕事されてるんですか?」

慎二は少し考える。

「うーん」

肩をすくめる。

「上の者からな、夢壊すから、言うたらあかん言われてるんやけど」

愛子が少し引く。

「え、なんか怖い」

慎二は小さく笑う。

「しゃあないな。東京から離れてるし、ええか」

少し身を乗り出す。

「言うたらあかんで」

愛子も小声になる。

「うん」

慎二が自分を指す。

「俺がシーのミッキーで」

隣を指す。

「こっちがランドのや」

愛子が吹き出す。

「ちょっと何それ、嬉しいわ会えて」

グラスが置かれる。氷が鳴る。

少しして、もう一人、女がテーブルに来る。若い。軽く会釈する。

「ミホです。よろしくお願いします」

名刺を渡す。

香椎美穂

慎二が頷く。

ミホが健を見る。

「こういうとこ、苦手ですか?」

健は目を逸らす。

「いや」

ミホが首をかしげる。

「……あんまり喋らんけん?」

慎二が笑う。

「こいつな、奥手でな。こういうとこ苦手やねん」

少し間。

「だからな、魔法使えるんやで」

ミホは言葉を失う。愛子が爆笑する。

「ちょっと何それ」

慎二が続ける。

「ミホちゃんは……福岡か?」

「なんでわかると」

「そのしゃべり方や」

「あ、出てました?」

「俺も箱崎にちょっとおったことあるから」

「え、九大ですか?」

「あ、そうや」

「すごい」

「うそや。放生会の時にテキヤを手伝っててな」

「えー、うちも毎日行ってたっとよ」

「会ってたかもな」

「世の中せまいですね」

「おおそうや。最近占いにこっててな。誕生日、教えてや。年齢まで聞かんし」

「笑 三月四日」

「……だから、ミホかいな」

ミホが首をかしげる。

「は?」

愛子が笑う。

「何それ」

「三と四で、美穂や」

ミホが目を丸くする。

「え、気づかんかったと」

慎二が続ける。

「魚座やろ」

ミホが頷く。

「そうです」

「芸術家に向いてるな」

ミホが驚く。

「え。私、デザインの専門学校行ってるんです」

愛子が声を上げる。

「すごいやん」

ミホが少し照れる。

「えー、恋愛もみて欲しい」

「次来たときな」

慎二がグラスを回す。

「こういう店って、誕生日の時とか盛大にやるんか?」

ミホが頷く。

「人気のある人は、盛大にお祝いするんよ。花とかボトルとか、ご祝儀もあったりするし」

慎二が頷く。

「ほな、ミホの時も盛大に?」

ミホが少し笑う。

「いや、私、バイトであんまり入らんけん」

肩をすくめる。

「やってもらえんちゃ」

愛子が笑う。

「そんなことないって」

慎二が続ける。

「ナンバーワンは、二人のうちどっち?」

愛子が笑う。

「もう」

ミホが奥を指す。

「あそこのシホさん」

「へー」

慎二が目を細める。

「そんなんや。せっかくやから、呼んでもらおうか」

愛子が立ち上がる。

「代わりますね」

一歩踏み出して止まる。

「あ」

振り返る。

「私も占ってよー」

慎二が笑う。

「誕生日は?」

「十一月二十九日」

「いい肉かいな」

愛子が笑う。

「やめてや」

慎二が見つめる。

「女帝の相や」

愛子がきょとんとする。

「え、何それ」

「女王様や」

愛子の顔が明るくなる。

「えー、嬉しい」

慎二が続ける。

「西太后や」

ミホが吹き出す。愛子が言葉を失う。

「……え? シホさん呼んでくるね」

少しして。

「どうも、ご指名ありがとうございます。紫帆です」

透き通るような白く長い指。無駄のない所作。柔らかい物腰。キャバクラというよりラウンジ向きか。

慎二はタバコを取り出す。くわえる。火を探す仕草。

すっと、シホが手を伸ばす。ライターに火がつく。慎二のタバコに火が灯る。

「……お。このライター、もろてええ?」

店のライターだ。

シホが微笑む。

「どうぞ」

慎二が軽く振る。

「ちょうど切れてて。助かるわ」

シホが小さく頷く。

「なんか楽しそうに盛り上がってましたね」

「そうやねん。こいつの魔法の話で」

ミホが言う。

「このお客さん、占いができるっちゃけん。うちも当てられたとよ」

シホがわずかに目を細める。

「そうなんですか」

慎二が軽く頷く。

「見るなら、誕生日、教えてや」

シホが少し間を置く。

「来月の十五日です」

慎二が視線を落とす。

「……そうやな。火難の相が出てる。気ぃつけや」

少し間。

「それと、26歳やろ」

「……なんで分かるんですか?」

慎二が笑う。

「なんやろな。それは運命的やな」

慎二が肩をすくめる。

「ナンバーワンや言うから、呼んでもろてん」

シホが静かに問う。

「がっかりさせましたか?」

慎二はすぐに返す。

「その逆や。びっくりして言葉失ってもうたわ」

シホが再びライターを手に取る。慎二のタバコに火をつけようとする。

カチッ。火がつかない。もう一度。カチッ。小さく火が跳ねる。

「……熱っ」

シホが指を引く。

慎二が小さく笑う。

「ほら。火に気ぃつけや言うたやろ」

シホの表情がわずかに変わる。

一通り話をし、適当にその場を去ろうと慎二はグラスを置いた。

「ほな」

席を立った二人を見送りに、シホとミホが入口まで付き添う。途中、愛子と目が合う。軽く手を挙げる。

外へ出る。夜風が当たる。少し静かになる。

慎二が振り返らずに言う。

「また寄せてもらうわ」

ミホは首をかしげる。シホは静かに見送る。

健は何も言わん。クラウンに向かって歩きながら、頭の中だけが動いていた。

——シホ。二十六。来月十五日。

それで十分やった。

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