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【第9話 十七日】

十七日。夕刻。

朝からの雨は、まだ止まへん。細かい粒が、街をぼかしている。路面は濡れたままや。

車の中。健がハンドルに手をかけている。ワイパーが一定に動く。視界が切れては戻る。

しばらくして——助手席で、慎二が口を開く。

「……腹減ったな。ラーメンでも食うか」

健は前を見たままや。

「……喉通らんわ」

「ほな、うどんにしよか」

「一緒やろ」

また、雨の音だけになる。

「コンビニ寄ってくれ」

ウインカーが点く。車がゆっくり寄る。停まる。ドアが開く。雨が入り込む。

「タバコとコーヒー買うてくるわ」

ドアが閉まる。戻ってくる。紙コップと箱。湯気が上がる。

慎二が一口飲む。

「……ようできてるな」


「……どこに停めよか」

外を見る。濡れた路面。出入りする灯り。

「マンションの前でええわ」

「ええんか」

コーヒーを口に運ぶ。

「誰か帰って来たときに出る」

エンジン音が少し上がる。車がゆっくり動き出す。

マンションを少し過ぎたところ。路肩に寄せる。エンジンを落とす。

雨音だけが残る。

健は前を見る。携帯を取り出す。短く打つ。

《今着いた》

エントランス。慎二のポケットが震える。画面を見る。

《了解》

送る。ポケットにしまう。顔を上げる。マスクを取り出す。

ライトが近づく。減速。

送迎の車が、マンションの前に入る。

健は携帯を取る。

《来た》

既読がつく。

エントランス。慎二は画面を見る。ポケットにしまう。マスクをつける。動かん。タイミングを待つ。

「じゃあねー」

「ありがとうございました」

声が重なる。ドアが開く。

ミカが降りる。手には持ちきれないほどの荷物。傘はささへん。そのままマンションへ入る。

柱の陰。慎二は動かん。呼吸だけが浅い。

足音が近づく。一定のリズム。

エレベーターの前。ミカが歩いてくる。荷物を抱えたままや。

足音が止まる。ボタンが押される。小さな音。

その瞬間——

鈍い音。

短い悲鳴。

何かが落ちる。袋の擦れる音。

「……だ、誰か——」

声が途切れる。また音。重なる。

それきり、静かになる。

慎二は走る。振り返らん。

扉に手をかける。押す。重い。開く。雨が一気に入る。

外へ出る。走る。足音が濡れた路面に消える。

ヴィッツのドアを開ける。飛び乗る。ドアが閉まる。

どちらもしゃべらない。

ワイパーが動く。視界が切れては戻る。

その音だけが、やたら大きく聞こえた。

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