8話
早朝。森の中はまだ薄暗い。
エミリオはテントの中に横たわっていた。
泊りがけの狩りで使う一人用の丈夫なテントだ。
いつ寝たのだろう。昨夜は確か魔王と甘い夜を過ごしたはずだ。相思相愛。互いに温め合って、想いを確かめ合った。
とても幸福で濃い夜だった。
ボンヤリとそんな妄想にまどろむ。
ふと、腹部に心地良い圧迫感を感じて夢から覚醒する。
何かが乗っている。丁度良い重さだ。子供がふざけて乗っているとこのくらいだろう。
それに柔らかい。えも言われぬ柔らかさだ。最高級のクッションでさえここまで柔らかくはない。
(暖かい。冷えた体に温もりが染み込む)
健全な男ならば、朝は下半身に大型のテントが設営されている。これは健康な証である。やましい部分は一つもない。
健全な大型テントの先っちょが、柔らかく暖かい何かにグイグイと当たって気持ち良い。
その何かは桃に似ていた。見ずとも分かる。お尻的な桃だ。
エミリオは両手を伸ばして桃を鷲掴みにする。
「ひゃう! く、くすぐったい!」
桃が喋った。伝説の神の桃、蟠桃かもしれない。
もっと良く揉んで真相を確かめなければ。
エミリオは探究心と使命感で蟠桃を愛撫する。
モミモミ、サワサワ、モミモミ、サワサワ。
「あん、やだ、あはは! はぁ、やめ、て」
蟠桃は甘い声を発する。甘い吐息もエミリオの顔にかかる。これは間違いなく神の桃であると確信に至る。
「美味しそうな桃。食べちゃうぞ」
蟠桃には小さくてヒクヒクする穴が一つあった。
基本は何かを出す穴だが、時と場合によっては棒状の物体を入れる事も可能な万能の穴だ。
そこを指先でツンツン。すると蟠桃がビクンと跳ねる。
「きゃっ!」
「元気な桃だな。手では力不足だ」
今度はビンビンに張ったテントの先っちょでツンツン。
穴の入り口を良〜くマッサージする。
桃は可愛がると甘さが増すのだ。
「食べ頃の匂いがして来た。入っちゃうかも?」
「それ以上は駄目!」
「駄目なの?」
「駄目に決まってるだろ、馬鹿エミリオ!」
透き通った高い声。自分を呼ぶ天女(男)の声。
確信犯エミリオは薄っすらと瞼を開けた。
「リムちゃん。おはよう」
「もう朝だぞ。この寝坊助エミリオ」
「ごめん。リムちゃんは早いね」
「なに言ってんだよ。ほら、獲物が逃げちゃうぞ」
エミリオは下から手を伸ばして魔王を引き寄せ胸に抱く。
「きゃっ」
「獲物はお前だ〜」
「馬鹿! やめろ離せ!」
「キスしてくれたら離す」
「……馬鹿」
魔王は頬を染めながら、軽くエミリオの唇に自分の唇を合わせる。1回、2回、3回。チュ、チュ、チュ。
「舌を入れても良いかい?」
「……聞くなよ。馬鹿」
チュッ、チュチュ、チュチュ、チュッチュッ、チュ〜。
「エミリオのテントがお尻に当たって痛い」
「リムちゃんの可愛いテントも僕のお腹に当たってるよ」
「馬鹿、馬鹿、馬鹿」
◇◇◇◇◇
エミリオは馬鹿な夢の途中で目が覚めた。
「さっ、寒い!」
テントの中にただ転がっているだけ。
新日本歴180年4月11日。払暁の武蔵大森林は冷える。
けれど朝のテント設営だけは過去最大規模だった。
「僕はいつの間に眠ったんだ」
記憶がない。酒は飲んでいないはずだ。だが何も覚えていない。体の調子はすこぶる良い。なので記憶が飛んだ理由がわからない。
テントから這い出る。すると折り畳み式テーブルの上には和食レーションが2人分。
内容は魚の切り身。卵焼き。ゴボウと油揚げの和え物。ほうれん草のおひたし。白米。そして熱い緑茶。
「遅いぞエミリオ。お前は我の騎士ではないのか」
先にテーブルに座った魔王からの叱責が飛ぶ。本気で怒っているわけではないが、魔王よりも遅く起きるのは騎士としてよろしくない。
『どうぞマスター』
「ありがとう亀吉」
椅子に座って魔王と対面すると、石鹸の匂いがした。
「あれれ? リムちゃん、お風呂に入った?」
まさかと思う。大森林の中でお風呂などと。おそらく髪だけ洗ったのだろうと思う。でも。
「なんか全身輝いてるね。美しさが10倍増しなんだけど」
魔王は「ふふふ」と微笑み。
「秘密」
それだけ言って唇に指を立てた。
魔王とエミリオと亀吉。全員揃って素早く朝食を済ませる。追跡の再開だ。
戦車MBT2199に乗り込みエンジンを温める。
操縦席にエミリオ。膝の上に魔王。ミニロボAIメイド亀吉は操縦席内にある専用のミニチュア椅子に腰掛ける。
「亀吉、昼前に片をつけるぞ」
『了解。リム様もよろしいですね』
「問題ない。狩りを教育してやる」
キャタピラが地面を耕して武蔵大森林を走り始める。
◇◇◇◇◇
追跡は順調だ。
相手は体重が数十トンになる巨獣。足跡は深く、通った後には木の枝が無残に折られて、素人でも一目瞭然、間違う事はない。痕跡はどんどん新しいものとなり、確実に目標へ近づいている。
「エミリオ。よいか」
「なにかな」
魔王は魔獣狩りの熟練者だ。達人と言っても良い。だから疑問も生まれる。共に狩りをするなら聞かないわけにはいかない。
「戦車の攻撃手段は?」
「ああ、それね」
走る金属の箱。魔石を燃料にした魔法具の一種と理解はできた。どう戦うのかは聞いていない。
「砲塔。車体に乗った箱だけど、長いパイプが出ているよね」
「うむ。穴の開いた金属の長い槍だな」
「槍ね。良い表現だ。その槍の先端から弾丸を撃ち出すんだ。大きな鉄砲だと思えばいい」
「鉄砲? あの、火薬で鉛を撃ち出す?」
「そう。もっとも火薬は使わないけど」
魔王が元いた世界にも先込め式火縄銃が存在した。
魔王国でも発明されたが、本格的に運用していたのは人族だ。魔法が達者な魔族には価値の低い兵器であり、魔法が不得手で数で押す人族には良い兵器だった。
「MBT2199の主砲は20ミリ魔力レールガン。電気の代わりに魔力のローレンツ力で弾体を加速して撃ち出す。弾種は目標に応じて変更。銅、鋼、ミスリル、アダマンタイトが主だ」
「ほう。わからんが凄そうだ」
(これはセレンティアスの領分だな。我が頭脳セレンティアス。無事に北の大地へ辿り着いただろうか)
「弾体は秒速3000メートル以上で飛ぶ」
「1秒で3キロ進むのだな」
「リムちゃんは賢いね」
「茶化すな」
「音よりも速いから、敵には無音の攻撃になるよ。弾体が柔らかい銅だと、目標に衝突した瞬間に弾けて面のダメージ。硬いアダマンタイトだと想像を絶する貫通力を発揮する」
「口径20ミリは小さくないか? 火薬式の大砲だと大きさ=威力のはずだが?」
「火薬ならね。魔力レールガンは理屈が違うんだよ」
「ふ〜ん」
攻撃面に関して、わからないけどなんか分かった。
もう一点、気になる事がある。
「戦車の走行音が煩い。これでは獲物に感づかれる」
エンジン音はそこまで酷くない。キャタピラ音は大地を削るのでそれなりに煩い。
「これでもマシなんだけど」
「戦いの大原則は、遠くから一方的に。そうではないか」
「なんかリムちゃん。熟練の兵士みたいだね」
「茶化すな」
「馬鹿にしてない。感心してるの」
「それで、騒音対策は?」
「これでもMBT2199は足回りの消音対策がされてる方だよ。そもそも魔獣は人を積極的に襲うから、音を出して誘き寄せた方が早い」
「襲われる前に殺る。我はそう心掛けている」
「ちょっと意味が分からないな」
魔獣だけの話ではない。魔王を手籠めにしようと企む変態相手にも通ずる考えである。
(風魔法で消音するか。その程度なら報告しなくてもいいだろう)
音とは振動だ。振動が空気等を震わせ、それを捉える能力を持つものが察知する。ならば風魔法で振動を遮断すればよい。戦車を風の壁で覆ってしまえば音も匂いも外には漏れない。
「エミリオ。勉強になった」
「お役に立てて何よりです。姫様」
「茶化すな。我は男だ」
「そうだね。男の娘のお姫様だ」
エミリオは魔王の頭をナデナデする。調子に乗ってほっぺたも触る。魔王も亀吉も怒らないのを確認すると、魔王の太ももをナ〜デナデ。
「ちょおぉ〜いっ!」
下からの頭突き。
「ぶべらっ!」
『マスター! アウト〜!』
後頭部への飛び蹴り。
「おごぉぉ〜!」
車内は平和だ。
◇◇◇◇◇
数時間後。MBT2199は停車する。
『マスター。5キロ先に目標を捉えました』
「ビンゴ! 奴はこっちに気がついてないぞ」
魔王の消音魔法のお陰である。メガナウマン象は5キロ先の高台にて、木の葉を長い鼻を使い食んでいた。操縦席の映像パネル越しでもわかる巨体。王者の風格。
「ここから狙えるか?」
『2時の方向に100メートル移動すれば可能です』
「了解。音を立てないよう徐行運転する」
『了解』
「リムちゃん、あと少しだよ」
「うむ。流石は亀吉の追跡力だ」
「え? 僕は」
「エミリオも凄い。良くやった」
「うん。ここからが本番だけど、恐悦至極に存じます姫」
「苦しゅうない」
ゆっくり100メートル移動する。そこからなら木々の隙間を縫って十分な射線を確保できる。
『射線良し。照準メガナウマン象の頭部。弾種鋼。魔力レールガンエネルギー充填良し。初弾命中率96% トリガーをマスターへ』
「了解。オールグリーン」
射撃統制は量子コンピュータであるAIの亀吉が行う。その命中率は常に90%を超える。エミリオは最終的な決定をするだけで良い。一見人間が楽をしているようだ。人間など不要に思える。しかし人間とAIの関係性において、最終決定権を人間が持つことが重要なのだ。
操縦席の主砲トリガーを握り、映像パネル越しにメガナウマン象の頭部へ意識を集中する。後は安全装置を手動で解除して引き金を引けば良い。
「発射」
『発射確認』
車外から「ガン」と重い音が聴こえた。
車内にいて聞こえるのだから、かなりの発射音である。
けれど音は音速。マッハ1。秒速340メートル。
魔力レールガンの初速は秒速3000メートル以上。マッハ10。
弾体は音を置き去りにして、5キロの距離を1秒少々で飛翔した。
『命中。目標に想定内のダメージ』
「確認。目標の頭部を破壊」
『目標の頭部破壊を確認。生命反応急速に減少中』
「了解。次弾装填の要有りや」
『確認中。確認中。次弾装填の要無し。目標の沈黙を確認』
「了解。状況終了」
『確認。状況終了』
映像に映るメガナウマン象の巨体が倒れる。陸を揺るがす王者のあっけない終わりだった。




