5話
メガナウマン象の狩りが始まる。
その前に、魔王は服を着替える必要に迫られていた。
「その格好はあまりに痛々しい。僕の予備服しかないけど、着替えようか」
「そうか。何から何までかたじけない」
魔王の純白スーツは損傷と汚れが激しく服としては終わっている。下着も靴もサイズが大き過ぎて使えない。
『リム様、申し訳ございません。いったん衣類を全て脱いで頂けますか。その上で、マスターの汚い予備服を着て頂きます』
パンツの予備はサイズが合わないのでノーパンで過ごすしかない。そもそも他人の、それも男のパンツなど履きたくない。服はブカブカのTシャツとジャケットを無理やり着るしかない。靴もないので予備の靴下を履いてごまかす。幸い靴下だけは新品で伸縮性があるので無理なく履ける。けれど靴下で外は歩けない。移動が必要な時はエミリオが抱っこする事になる。
『マスターに覗かれぬよう、車内でお着替え下さい。私がお手伝い致します』
「かたじけない亀吉殿」
「僕をなんだと思っているんだ!」
絶対に覗くクセして文句を垂れるエミリオを無視して、魔王とミニメイド亀吉は上部ハッチから操縦席に滑り込んだ。
「魔法具の塊ではないか。ここで戦車とやらを操作しているのか。複雑怪奇だな」
『その通りです。1人乗りなので、狭いのはご容赦下さいませ』
「うむ。世話になっている身だ。文句は言わぬ」
『では、お洋服をお預かり致します』
ボロボロのスーツを躊躇いなく脱ぎ捨てると、白く滑らかで、少年にしては丸みを帯びて柔らかい肉体が露わになる。とうぜん可愛い小象も露わになる。
『とても美しい肌でございますね。それに幼い事を差し引いても、ずいぶんと女性的なお身体です。失礼ですが、もう一度メディカルスキャンをさせて頂いても構いませんか』
「構わぬ。好きにせよ。だがな……」
『はい?』
「我の一族ではこれくらいが普通だし、亀吉殿も十分に美しいぞ」
『まあ、ありがとうございます。それではこちらが着替えです』
エミリオの予備服を手渡しながら「一族では普通」という言葉から、思い当たる可能性に対してデータベースへ検索をかけた。
亀吉の本体はあくまでMBT2199に搭載された量子コンピュータだ。デファ星人のハッキング攻撃を防ぐ為にネットワークには繋がず、完全に独立した存在となっている。なので定期的に拠点で最新情報をアップデートする必要があるのだが、過去情報は十分に揃っていた。
『ありがとうございました。間違いなく健康な男性でした』
「当たり前だ。我が男以外の何に見えるのだ」
美少女です。
亀吉はその言葉を口にしなかった。
そしてもう一つ。データベースにあった200年近い過去の記録。容姿端麗で超能力を操る謎の民族の情報も確証を得るまで黙っている事にした。
「サッパリした。感謝する」
『パンツは休憩時間にお作り致します。靴は筑波ハンター都市に帰還するまでご辛抱下さい』
「うむ。亀吉殿は小さいのに裁縫も得意か。大したものだ」
「メイドなら当然のスキルですが、お褒め頂き恐縮です」
サイズの大きい彼氏のTシャツを着て、ズレたシャツから覗く細く白い肩。加えてノーパンならシュチュエーション的には120点であり、究極の彼女と言っても過言ではない。
「そろそろ終わったかな? 入っても良いかい?」
エミリオが上部ハッチに顔を突っ込んで声を掛ける。
まだ終わったとも良いとも言っていないのに、中を覗き込むのは確信犯だろう。本人はさり気なく上手くやったつもりだろうが、亀吉の目は誤魔化せない。
「待たせてすまぬエミリオ殿。入ってくれ」
「マスター。この件はハンター協会に報告します。ロリコンと覗きは犯罪ですので」
「え、いや、それは……」
ロリコンだけなら犯罪ではない。その言葉を飲み込んで、エミリオは操縦席に体を滑らせた。
「狭くてごめんね。しばらくの間は僕の膝の上がリムちゃんの特等席だ」
「贅沢は言えぬ。こちらこそ空間を圧迫してすまない。なんなら我は外でも構わないが?」
戦車跨乗。戦場に戦車が登場して以来、歩兵の移動手段の一つとして数えられる乗車法である。
車体の上に生身を剥き出して乗る。
身を守る物も隠れる場所もなく、風も埃も雨も、敵の弾丸さえ無防備な歩兵に降りそそぐという、大変不人気な移動手段だ。歩兵の移動コストは抑えられるが、生命を危険に晒してまで戦車の上に乗るかと言う話。安全な後方なら良いが、前線に近いほど嫌われた乗り方。それが戦車跨乗。魔王は戦車に無知故に、単純に遠慮からそう提案した。
「駄目、駄目、駄目! リムちゃんを外に出すなんて異世界融合がもう一度起こったとしても絶対に駄目!」
『その通りです。外へ出るならマスターの方でしょう。運転なら私でも十分勤まりますので』
「そうそう。僕が外に……」
この辺のボケとツッコミはスルーするとして。
『リム様が遠慮なさる必要はございません。お気になさらずに』
「うん。僕の膝の上にずっといて良いんだよ」
『マスターは運転中、オカマバーの梅子さんの事を考えて下さい。万が一、股間にテントが設営されましたら警察に通報致します』
「おい! 誤解を招く言い方はよせ!」
ロリコン変態のイケメン金髪青年エミリオと、魔王を変態の魔の手から守ろうとするAI亀吉。不毛で小規模な攻防の後、メガナウマン象を追って大森林を走り出した。
◇◇◇◇◇
魔王が示したメガナウマン象の痕跡まで大森林の地形に合わせて遠回りで走る。それでも1時間は掛からないと言う。
待ち時間が暇なので、魔王は先程耳にした「異世界融合」について尋ねる事にした。勇者も「異世界を渡る」と口にしていたので手掛かりになるかもしれない。
「参ったな。異世界融合も忘れてしまったのか。それとも習っていないのか」
「浅学非才の身で手間を掛ける。ご教授願えるか?」
魔王の柔らかいお尻が股間の上。エミリオは意識を散らすのに丁度良いと考え直した。
「ごめん。僕の言い方が無遠慮だったね。異世界融合は人類の歴史の話になるけど良いかな」
「頼む」
エミリオは亀吉に目配せして運転をサポートしてもらう。そして語り出した。
◇◇◇◇◇
今から約250年前。人類は太陽系全域を活動の場としていた。宇宙開拓時代である。
一時期は増え過ぎた人口を地球が支えきれず混沌とした時期もあったが、宇宙開拓すれば資源の問題は解決する。住む場所も宇宙コロニーや、月や火星に入植地を作り、資源や土地で争う必要が無くなり総人口は200億人を超えていた。
「でもね。繁栄の時は長く続かなかった。太陽系の外から敵が攻めて来たんだ」
デファ星人。人類より少しだけ進んだ科学文明を持つそれは、とても貪欲な侵略的種族であった。
人類は初の異星文明との接触に平和的共存を求めた。デファ星人の外見が人型であった事もあり、対話が可能と考えたのだ。
「対話は無駄だった。人類も凶暴な部類の生物だけど、デファ星人はそんなレベルじゃなかったんだ」
全面戦争に突入。人類初の異星文明との戦いだ。
ワープ技術を手に入れていたデファ星人は次々と戦力を送り込む。人類も負けられない戦いに総力を上げる。数十年に及ぶ激しい戦いの末、雌雄を決する最終決戦が地球と月の間で行われた。
「酷い戦争だったらしい。200億人いた人類は半分以下まで減ってしまった」
エミリオはここで悲痛な顔になる。魔王は良くない結末を察した。
「負けたのか?」
「いや。勝ったよ。戦争には……」
壮絶な主力決戦。大破した宇宙戦艦が何隻も地球に墜落する。その中でデファ星人の戦艦の一隻。アフリカ大陸のサハラ砂漠に墜落したそれのワープ装置が暴走した。
「暴走したワープ装置が異世界と地球を繋げて融合させてしまった。人類も鹵獲した技術からワープ装置を実現していたけど謎の部分が多くてね。世界が混ざり合うのを止められなかった」
異世界との融合により地球に魔獣が溢れ出した。
更には地球の質量が倍に膨れ上がった。
「突然大地が引き延ばされるんだ。その時、地表の建造物はどうなったと思う?」
大地は延びる。建物は変わらない。
「壊れたのかな? 建造物全て」
「正解。地表の建造物は残らず全て瓦礫になった」
戦争によって宇宙コロニーや入植地はとうに破壊されていた。
絶望の中、生き残った人類は変質して拠り所を失った地球を諦める選択をする。
「人類の大半が新天地を求めてシリウス星系へ旅立った。ワープ技術があるし、シリウス星系には地球型惑星がある可能性が高かったから」
「そうか。では、今の日本国は」
「僕らの先祖は故郷である地球を捨てられずに残る選択をした。変わってしまった世界でも、頑張れば生きて行ける。住めば都ってね。これが異世界融合と地球の歴史だよ」
それからエミリオは魔王に分かるよう、異世界の概念を簡単に説明。そして魔王は答えに至る。
(異世界とは違う惑星とか、並列世界とか、異なる世界の事。ここは魔族大陸どころか別の惑星だ。エミリオ殿は魔族でも人族でもない、全く別の人類なのだ)
エミリオが魔力を持たない理由が判明。
同時にもう帰れないと落胆する。
けれどエミリオの属する日本国が敵ではないという希望も生まれた。
「日本人は人類の中でも少し特殊な民族なんだ。助け合いの精神が根付いているって言うか、お行儀が良いって言うか。とにかく皆んなで力を合わせて復興して、180年前に新日本国を建国したわけ」
「とても好ましい民族性だな。お陰で我は助かった。ところで……」
「ん?」
「エミリオ殿はデファ星人と戦争をしていると言った。奴らはまだいるのだな?」
これはとても重要な事だ。
魔獣は危険でも組織的に襲っては来ない。
人は組織的に攻めて来る。
共存不可能な敵との戦争は他人事ではない。
「ああ。墜落した宇宙戦艦に乗っていた生き残りと戦争している。奴らの数は多くはないけど、人類も数が少ないし、復興で一杯一杯だから殲滅出来ないんだ」
「そうであったか。難しい問題だな。それでデファ星人とはどの様な姿をしているのだ?」
「デファ星人かい。それはね」
エミリオは操縦席に備え付けられた映像パネルを操作してデファ星人を映し出した。
(ぶはっ! なんだと!)
人族とオークとゴブリンを足して2で割った外見。
(勇者ではないか! 勇者の言った異世界を渡るとはそういう意味だったのか!)
魔族と人族の戦争に介入して魔族を追い詰めた勇者。
地球を侵略して滅茶苦茶にしたデファ星人。
同一の存在であり、本当に碌でも無い奴らだ。
「どうかしたリムちゃん?」
「い、いや。何でもない」
話は一段落。魔王は少し疲れてしまった。深く溜め息をついてエミリオに体を預ける。すると男の欲望を刺激する甘い体臭がエミリオの鼻をくすぐるのだ。
「ごくっ。リムちゃん?」
「ありがとうエミリオ殿。お陰で少しだけ頭の靄が晴れた気分だ」
「そう。それは良かった。何か思い出せたかい」
「まあ、少しだけな。いずれ話す時も来よう」
「今は教えてくれないの?」
「疲れたから駄目」
「そっか……」
◇◇◇◇◇
やがてMBT2199は魔王の示したメガナウマン象の痕跡に到着する。ウトウト船を漕ぎ始める魔王と、必死にオカマバーの梅子さんを想うエミリオ。
『マスター。目標地点に到着致しました。リム様の探索通り、メガナウマン象の痕跡を発見。新しい物です』
亀吉の報告に魔王が目を覚まし、体をビクリと跳ねさせる。
「うごっ!」
「あいたっ!」
エミリオの顎を頭突きする形となった。
「おごぁ〜! 顎が〜!」
「いてて、すまぬエミリオ殿」
魔王は体を捻ってエミリオに向き合い顎を擦る。
「あ、口が切れて少し血が出ている」
「だ、大丈夫だよ。リムちゃんこそ怪我はない?」
「うむ。我は案外、石頭なのだ。それよりもエミリオ殿の治療をしなければ」
「いや、これくらい……」
魔王は両手でエミリオの頬を包むと顎先に軽く口づけをした。
「回復」
「あれ? え?」
神々しい魔力の光が生まれ、エミリオの傷は瞬間的に治癒するのだ。
『ヒーリング能力! マスター、リム様がヒーリング能力を使いました!』
AIのわりに人間臭い亀吉が声を荒げて驚いた。
それもそのはず、超能力の中でも他者を癒すヒーリング能力は特に希少であり、遠く過去まで遡ってもほとんど能力者がいないからだ。
「リムちゃん、これ……」
「んお?」
『リム様。観測させて頂きました。本当にありがとうございます』
疲れていた事もある。
若返って迂闊になっていた事もある。
地球の歴史を知ってエミリオに対する警戒心がかなり薄れた事もある。
色々と言い訳は出来るが、魔王が手の内を見せ過ぎたのは間違いない。
「パイロキネシスにリモートビューイングにヒーリングか。リムちゃん」
「う、うむ」
「この事はあまり知られない方が良いかも。僕が全力で守るから、リムちゃんの立場が固まるまでは自重してくれるかな」
『それが最善でしょう。リム様の能力を知れば悪心を抱く者も現れるかと』
エミリオはロリコンだが良いロリコンである。美少女の不利益になる真似は絶対にしない。魔王は美少年であるが、エミリオにとっては美少女枠で天女だった。
「エミリオ殿の言う通りにしよう。して、立場が固まるとは?」
「今はただの記憶喪失の可愛い子ちゃんだからね。悪い奴が『我こそがリムリアスの真の保護者!』なんて言い出しかねない。だから僕が行政に手を回すまで我慢してって事」
「分かった。良しなに頼む」
聞き分けの良い魔王に、エミリオは頭を優しく撫でてから旋毛にキスをした。その仕草は巨人族の従者ユートとの別れの瞬間を思い出させ、魔王の心を切なくさせたのであった。
補足
「ワープ技術は転送装置の拡大版だと思ってくれたらいい」
「うむ。転移魔法具の拡大版だな。理解した」




