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男の娘魔王様の如何ともし難い日常 〜異世界化した未来の地球に転移した魔王は姫になる〜  作者: 和三盆光吉


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4話



 エミリオの悲痛な叫びが森に木霊してからしばらく。


 戦車MBT2199の脇には、折り畳み式のテーブルと椅子が2脚。

 テーブルの上には湯気を上げるカレーライスのレーションとミネラルウォーターの入ったコップが2人分。

 それから背筋を伸ばして凛とテーブルの“上”に立つ、身長“30センチ”の黒髪メイドが1人。


「ふわぁぁ〜。これが戦場糧食とは信じられん。とても美味しそうだ。何という料理であるか?」


 軍用レーションのレトルトカレーだが、自衛軍にもハンターにも大人気の商品で味は折り紙付き。魔王が瞳を輝かせるのは無理もない。


『カレーライスと申しますリム様。上に乗ったカレーソースとライスを一緒にお召し上がり下さいませ』


 30センチのメイドが魔王の前で腰を折る。フィギュアの様に小さな事を除けば、容姿端麗の完璧なメイドだ。


「かたじけない亀吉殿。しかし、うむ……」


 小さなメイドはサポートAI亀吉のアバターロボであった。小さくても高性能なので、給仕程度お手の物。


「あの、亀吉殿。図々しいようですまぬ。その……」

『如何なされました?』


 腹ペコのはずなのに、ソワソワしてカレーに手を付けない魔王に亀吉が問い掛けた。


「ナプキンはないだろうか?」

「ぶっ!」


 ナプキンと聞いて正面に座るエミリオが噴き出す。

 それを鬼の形相で睨み付けるメイド亀吉。


「な、な、な! ナプキンはないよ! て言うか、やっぱりリムちゃんは女の子なの?」


 エミリオはずっと、魔王の顔や手や脚やお尻や股間や胸をチラチラチラチラと見ていた。

 魔王が男だと信じられず、未練たらしくスケベな視線で犯していた。亀吉も魔王も、気付いていながらあえてスルーしていたのだ。


『マスター。そっちのナプキンではありません。そろそろ私も堪忍袋の緒が切れますよ?』

「あう」


 メイド亀吉は『失礼』と断りを入れて、テーブルからピョンと跳んで戦車に戻る。暫くして使い捨ての紙製テーブルナプキンを持って戻り、魔王に手渡した。


「感謝する亀吉殿」

『配慮が足らず失礼を致しました。がさつなマスターは普段ナプキンを使いませんので失念しておりました。お許し下さい』

「許す。では、頂こう」


 魔王はテーブルマナーに則ってテーブルナプキンを折ると膝に被せた。背筋を伸ばし、スプーンを手に取って上品に食べ始める。


 蠱惑的な桜色の唇が開かれる。

 白い歯と健康的な色の舌が一瞬、覗く。

 スプーンに乗った一口分のカレーライスが魔王の口腔内に誘われ、モニュモニュ。モニュモニュ。


「美味しい〜! すっごくスパイシーで味が複雑。お肉とお野菜もゴロゴロで食べ応えがあるし、ライスは噛めば噛むほど甘みが増して、カレーの辛さを和らげてくれる!」


 美食に油断して言葉遣いが素になってしまう。

 カレーの魅力に取り憑かれて笑顔も自然と零れる。

 

 そんな魔王の一挙手一投足を、一瞬たりとも見逃すまいと凝視するエミリオ。特に口元を良く見ている。


 開かれた小さなお口に何かが入る。何かはその時々によって異なるが、口に入ればモニュモニュペロペロせざるをえない。舌を捏ねくり回し、唾液を大量に分泌して、口内に侵入した何かを必死に頬張るのである。


「ゴクリ」


 自分の“モノ”も食べてもらいたい。

 エミリオが邪悪かつ変態的な妄想をし始めた時、インカムからプライバシー通信で亀吉の声が届く。


『マスター。よろしいですか』


 魔王に悟られぬよう無言で小さく頷く。

 同時に卑猥な妄想を亀吉に悟られぬよう、股間の膨らみを鎮める為にオカマバーの梅子さんを想う。


 余談であるが、梅子さんは東京にあるオカマバー『梅好み』のママだ。エミリオにとって人生の師匠的存在であり、馴染みの店。


 梅子さんの容姿は高級着物を着こなしたプロレスラーのおっさん。その一言に尽きる。

 オデコに無数の傷跡。声は低くガラガラ。体力も化け物級であり、梅子さんに捕獲された男達がベッドの上の大プロレス大会で生気を限界まで搾り取られているのは有名な話。


 閑話休題。


『リム様のマナーは完璧です。高度な教育を受けていると推測されます』


 そこはエミリオも同意する。マナーは一朝一夕で身につく物ではないし、どんな時でもマナーを気にするのは高度教育を受けた高貴な身分の人間だけだろう。


「天使で天女で女神。一般人と考えるには度を超えて可愛い過ぎる。男の娘の皮を被った美少女かもしれない。メディカルスキャンをやり直せ」

『意味不明。一部、同意致しかねます』

「リムちゃん。すごく可愛い」


 不純な想いと魔王を心配する想いの中で食事を終える。

 食後のデザートにはチーズケーキのレーション。

 飲み物は魔王がココアでエミリオがコーヒー。


「お腹は満足したかいリムちゃん」


 大人用レーションをペロリ。チーズケーキもペロリ。小さな体によく入ると感心する。


「馳走になった。とても美味であった。感謝する」

「お口にあって何より。レーションって言っても、質も味も馬鹿に出来ないんだよね。他にもチキンステーキ定食とか、オーク肉の生姜焼き定食とか、デザート類も色々あるんだよ」

「ほう、それは興味深い。エミリオ殿の属する国はさぞや豊かなのであろうな」

「豊か、か。まあ、他に比べればマシかも。それじゃあ落ち着いた所で、改めて自己紹介させて貰うよ」


 エミリオは椅子から立つ。魔王も倣って椅子から立ち上がった。メイド亀吉はエミリオの側に立ってメイドらしく姿勢を正す。


「僕はチバラキ県のハンター協会に所属するエミリオ。普段はここから東に行った筑波ハンター都市を拠点に活動しているハンターだ。よろしく」


 重要なワードを連発するエミリオ。

 魔王も情報収集の為には、ある程度自分の事情を開示すべきと改まる。


「我はリムリアス。転移魔法具の暴走に巻き込まれ、気が付いたらここにいた。事故のショックで思い出せない事も多い。色々と教えて貰えると助かる」


 魔王の身分は明かせない。あくまでも事故にあった美少年を装う。


「転移魔法具? それって転送装置の事? アレは生き物の転送は禁止されているんだけど、安全装置が働かない程の大事故だったって事かい?」


 魔王国で転移魔法具は国宝級の魔法具である。性能は人1人が街から街へ移動するのがやっと。人族にもほぼ同性能の転移魔法具があり、勇者がそれを使い暴走させたと魔王は睨んでいる。ちなみにどちらの転移魔法具も生き物への使用を禁じていない。


(日本国では転送装置と呼んでいるのか。それに使用の規制もきつそうだ。だが魔法具がある事は確認できた)


 共通点と相違点を確かめて擦り合わせる。


「すまぬが事故の規模は分からぬ。それよりここの事、エミリオ殿の事を教えて貰いたい」

「良いけど、その前に僕も教えて貰いたい」

「ん? なんであろう」


 エミリオは朝に見た巨大な土腕の話をした。その手に魔王が捕らわれていたので助けに来たと説明する。


(あれを見られていたのか!)


 魔王は焦った。今はまだ、魔王の力の全てを知られるのは不味い。あれは自分が作りましたなど、言える訳がない。


「わ、我も皆目分からぬのだ。森の中で途方に暮れていたら、突如地面が腕の形となって天に伸びたのでびっくりした。エミリオ殿と亀吉殿が来てくれて、本当に心強い」


 エミリオは神妙な表情で思考する。少しの沈黙。


「待ち伏せ型の新兵器かも。ハンター協会に報告だな」


 そう呟いて納得していた。


「リムちゃん。他には? 家や家族の事は覚えているかい?」


 家は魔王国。家族は魔族の民。言えるはずもない。


「すまぬ。あまり覚えていない。ただ、家からは遠く離れたと思う」

「そっか。仕方ないね」


 再びインカムに亀吉からプライバシー通信。


「マスター。PTSDの後に部分的な記憶障害が起きるのはよくある事です。ここは焦らず、こちらの情報を沢山開示して、リム様の記憶を刺激致しましょう」


 エミリオは亀吉の進言に従って、魔王に様々な事を話して聞かせた。


「ここは日本国。今は新日本歴180年4月10日で、桜の花は全部散ってしまったね」


(日本国。聞いた事もない。人族の国の中には無かったはずだ。桜の花とは、花好きのユートなら分かっただろうか)


「今いるのは武蔵大森林の一部。チバラキ県は大森林の東側、関東平野と呼ばれる土地。大昔は茨城県と千葉県に分かれていたけど、都道府県合併で一つになったんだ」


(全然分からん。県とは、貴族の領地のことか?)


「ハンターは魔獣を狩ったり、指名手配犯を捕まえたりする仕事。自衛軍から要請があればデファ星人との戦争にも参加する。まあ、傭兵だね」


(魔獣と傭兵は分かる。デファ星人とは何だ。日本国は戦時下なのだろうか)


「僕はメガナウマン象を狩る為にここへ来てリムちゃんを見つけたんだ。狩りの途中だけど、早速筑波ハンター都市に帰ろう。そこで身元照会すれば、ご家族が見つかると思うよ」

「まて、狩りだと。それは我が狩りの邪魔をしたということか?」

「いや、そういう意味じゃ……」


 魔王は狩りの部分に強く反応した。

 狩りとは生きる糧である。害獣を間引いて地域の安全を図り、肉は食用に、皮や骨は衣服や道具に加工される。人にとって重要な営みだ。


「街には戦果を待つ者達がおろう。腹を空かせた子供等や、材料を待つ職人達だ。多くの者達の期待を、我1人の為に台無しになど出来ぬ」

「いや。待って、待って。そんなに重い話では……」

「我は構わぬ。このまま狩りを続けてくれ。十分な戦果を得るまで同行しようではないか。なんなら協力しよう」

「協力って、リムちゃんみたいな可愛い子がどんな?」


 その時、エミリオの脳裏にとびっきりの協力方法が閃いた。


 ◇◇◇◇◇


「エミリオお兄ちゃん凄いね! 獲物が沢山だね!」

「エミリオお兄ちゃんお疲れ様です!」

「エミリオお兄ちゃんの為に僕がご飯を作ってみたんだ。お口に合うと良いけど」

「どう? 美味しかった? エミリオお兄ちゃんの好みは全部把握してるんだから。……えっ? 塩気が強い? うそ。むぅ〜ん、ごめんなさい〜。じゃあ、お口直しに僕を召し上がれ」

「きゃっ! くすぐったいよエミリオお兄ちゃん。焦らないで、僕は何処にも行かないから」

「エミリオお兄ちゃん! エミリオお兄ちゃん〜!」


 ◇◇◇◇◇


「エミリオ殿。エミリオ殿〜!」

「はっ!」

「突然ぼ〜としてどうしたのだ?」

「あ、ごめん。何でもない」


 エミリオは現実に引き戻された。亀吉だけが蔑んだ目で静かにエミリオを見ていた。


「失礼だが、エミリオ殿は魔法をご存知か?」

「魔法? 魔法ってあの? それは知っているけど」


 エミリオには魔力がない。もっと言えば精霊であるはずの亀吉からも魔力を感じない。唯一、戦車と呼ばれる金属の乗り物から魔力を感じるだけだ。魔王はこの機会にその辺を突っ込んで情報を得ようと考えた。


「大気に魔力が満ちているのに、エミリオ殿は魔力を使えぬ様子。そうであろう?」

「んん? まあ、普通はそうだね。僕の知り合いには魔法を使える人はいないと思うな。魔力は機械装置で利用するのが常識だよ」


 魔王は我が意を得たりと「ふふん」と鼻を鳴らす。


「実はな。我は少しだけ魔法が使える。だから狩りの役に立てると思うぞ」


 魔力があり魔法具があり魔法の話が通じる。自分が少し使えるとバラしても問題ないと判断した。


「へぇ〜すごいね。まるで魔法少女だね。やっぱりリムちゃんは女の子でしょ」


 しかしエミリオの反応は淡白であった。はっきり言って信じていない態度だ。魔王はちょっとだけムキになった。


「信じておらぬな。ならば見よ! 灯火トーチ!」


 魔王の右手の人差し指の先に火が灯る。ロウソク程度の火力であったが、エミリオと亀吉を驚かせるには十分だった。


「パイロキネシス!」

超能力者エスパー!』


 2人の叫びが被って打ち消し合う。魔王は何を言われたか聞き取れなかった。


「どうだ。信じたか。他にも索敵などが……」


 魔王は天狗になった美少女の如くふんぞり返った。

 元の30歳オーバーの魔王であったなら、もっと慎重に行動しただろう。若返って幼稚になった今の魔王は少々浅はかになっていた。


 エミリオが椅子から立ち上がって魔王の肩を掴む。


「あう! 痛い! 何をする!」

「リムちゃんは超能力者だったのか!」


 亀吉は猛スピードでメディカルスキャンをやり直す。


『少量の魔力をリム様から検知。その火は間違いなくリム様の能力によって作られています』

「見ればわかるであろう。亀吉殿」


 それから何やかんや質問攻めにあう魔王。答えられる事だけ答えて一段落すると。


「本物の超能力者をこの目で見るのは子供の時以来だよ」

『私も貴重なデータが取れました。超能力者とは、魔力を燃料にして事象を発現するのですね。データとして知っているのと、実際に観測するのとでは重みが違います。本当にありがとうございます』


 日本国では魔法を超能力と呼ぶ。魔王はその事を知った。


「理解してくれて何よりだ。それで、我は索敵も得意なのだが、メガナウマン象とはどの様な姿の魔獣なのだ?」


 魔王の風探索ウィンドサーチは相当な広範囲を調べられる。対してMBT2199のセンサーは索敵範囲を広げると精度が落ちてしまう。魔王の居場所を特定出来たのは、初めに映像で捉えてマーキングしていたからだ。


「リモートビューイングまで使えるのか。これは身元を特定する大きな手掛かりになるな」

『否定。これ程の超能力者は日本国内では確認されておりません。外国から転送事故で飛ばされたと仮定すると、身元照会はより困難になると予想されます』

「そうか。外国は日本以上にカオスだもんな……」


 2人の話は魔王には分からない。とにかくメガナウマン象の特徴が知りたいと頼む。


「ごめん、ごめん。これがメガナウマン象だよ」


 エミリオは腰につけたウェストポーチから手のひら大のタブレットを取り出して映像を見せる。その際、ドサクサに紛れて魔王に密着する。顔をめっちゃ近付けて、密かに魔王の匂いを嗅いだ。


「これは写真か。なんと美しい色付き写真なのだ。これが日本国の技術力……」


 現実を切り取ったかの様なカラー映像に驚きつつ、メガナウマン象の姿を考察する。


(ベヒーモスに似ているがやはり違う。こんな魔獣もいるのだな)


「どう? 見つけられそう?」

「うむ。しばし待て。それとな、近いぞエミリオ殿」

「そんな事ないよ。普通だよ」


 メガナウマン象の姿は暗記した。風探索ウィンドサーチを小声で発動すると、意識を風と同化して武蔵大森林を遠く広く駆け抜ける。以前の索敵範囲は半径5キロが限界だったが、今なら半径10キロ以上はやれそうである。


「むぅ。メガナウマン象は見つけられない」

「そうか〜。まあ、そうだよね〜」

「しかし足跡と糞は見つけたぞ。北に向かっている」

「本当かい!」

「ああ。地図はあるか」


 魔王は地図を要求した。地図を見れば周辺の地形を把握出来るからだ。我ながら上手く誘導したとほくそ笑む。


 エミリオはタブレットをちょいちょいやって地図を映す。現在地は赤点。そこから周囲100キロの地図が映し出されている。指先でちょいとやると拡大縮小が出来るタブレットに目を丸くする魔王。


「ふぉぉ〜! しゅごい!」

「河は分かるかい。これが利根川、これが鬼怒川。利根川から西側の広域が武蔵大森林。利根川から鬼怒川の間は下妻森林」

「恐ろしく精密な地図だな。ふむ。我らがここ。足跡と糞はここだ。おそらく昨日のものだろう。間違いなく北へ向かっている」

「昨日か。追い付くかもしれないな。亀吉、どうだ」

『リム様の情報が真実なら追跡可能な範囲かと』


 最終的な判断はリーダーであり人間のエミリオがする。AIはあくまでサポートだけ。主導権は人間にある。

 亀吉と魔王は黙って判断の時を待った。


「良し。リムちゃんの好意を無駄にはしたくない。メガナウマン象を追うぞ」

『了解』

「我は問題ない。肉を街へ持ち帰ろう」


 メガナウマン象狩りが始まる。



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