30話 ラッキースケベハプニング
昼前である。魔王は筑波ハンター都市に帰還した。
『下妻爆走族』クルシュの戦闘バイクの後ろに跨り、周囲を自衛軍の車両、一個小隊に護衛されながら、威風堂々とした凱旋だ。
「クルシュ、ターリア、世話になった」
バイクを降り、ヘルメットを脱ぐと、太陽の反射で輝く烏髪がサラリと零れ、それを手櫛で整える。すると周りから「ほぅ」と溜息が漏れるのだ。
「助けられたのはこっちだよ。それにしても、リムって本当に綺麗だよね。私らとは別世界のお姫様みたい」
クルシュの言葉はお世辞ではなく本心だ。
そして案外、核心を突いている。
「そうそう。妙に色気があって、その上度胸も威厳もある。まるで女王様みたいな? 高貴な産まれってあるんだね」
隠しても隠しきれない実力がある。
言いたくても言えない事情がある。
女王ではなく男王なのだ。
魔王は曖昧に微笑むと、自衛軍の兵士に向き直り、ここまでの護衛に礼を贈る。
「皆も疲れておろうに、わざわざの護衛、感謝する」
スカートを摘んで腰を落とす。カーテシーだ。
魔族にとって最大の謝意である。
自衛軍の兵士達の心はそれだけで蕩けてしまう。
「勿体ないお言葉です姫様。任務ですので、お気になさいませんよう」
自衛軍の兵士達にとって、魔王の護衛はむしろご褒美。
清楚可憐でありながら、危険な前線に自ら赴き、ヒーリングという奇跡の力を惜しげもなく使う。
この世に天使、或いは女神がいるのなら、それは目の前の少女で間違いない。女神を守護する騎士の栄誉に預かれたのは、生涯の宝であると誰もが思う。
「姫様、お疲れの所に申し訳ございません。厚かましいのは重々承知で、お願いがあるのですが」
「ん? なんぞ?」
兵士達は帰るのかと思ったら、モジモジと魔王を囲む。
「写真を一緒にお願い出来ますでしょうか!」
一斉に頭を下げる兵士達。各々スマホを取り出して、是非にツーショットと集合写真をとねだる。
「……良かろう。好きにせよ」
「はっ! 光栄であります。総員、撮影よ〜い!」
「「「わぁぁぁ〜〜〜!!!」」」
民との交流は為政者の務め。特に軍部とは良好な関係を築くべし。魔王を目指し、魔王を勤めた経験によって培った帝王学である。魔王は眠気を我慢して笑顔で撮影に応じるのだ。
カシャ! カシャ! カシャ! カシャ! カシャ!
魔王の撮影会は30分ほど続いた。
◇◇◇◇◇
スタンピードよりも撮影会の方が疲れる。
ようやく部屋に戻り扉を開けると、入り口にカンナの靴があり、カンナの匂いもする。帰る場所に待っている者がいる。その事実は魔王の心を少なからず温めて癒す。
「ただいま、カンナ」
部屋の奥に声を掛ける。
「リム! おかえりなさい!」
元気な返事が魔王を迎える。
カンナが玄関へと駆けて来る。
手を握り合ってキャピキャピと再開を喜ぶ2人。
離れていた時間は一日にも満たない。それでもスタンピードという緊急事態を乗り越えて、無事に再開した喜びは特別だ。
「無事で良かった。心配したんだよ!」
「不安にさせてすまぬ。だが、もう大丈夫だ」
「スタンピードは終わったんだね!」
「戦士達の働きでな」
ハンターや自衛軍の活躍で街は守られたと魔王は言う。
自分は少し手伝っただけ、全ては新日本国の国家体制と国民の防衛意識の賜物だと言う。
(混乱に乗じて狼藉を働く者や、功を焦って軍規を乱す者もいない。やはり日本人は魔族に似て好ましい人々よ)
「お風呂に入りたい。それから食事だ」
「そうだね。ゆっくりしてね。私はちょっと、総合受付に行ってくる。お父さんとお母さんが帰ってきてるはずなんだ」
「鈴木夫妻も無事で何よりだ。では後ほど食堂で合流しよう」
「うん、メールする」
カンナは両親の無事な帰還に浮かれ、とても大切な事を伝え忘れていた。軽やかに部屋を出ると足早に去って行く。
少女が親を想うのは至極当然であり、カンナの様子に不審な点など一つもない。魔王はカンナの喜びを自分の喜びとして笑顔で見送る。それが悲劇の始まりなど思いもせずに。
着替えを用意すると産まれたままの姿となり、疲れた体をお湯に溶かす。至福の時間である。
「ふんふんふ〜ん♡ 熱く清潔なお湯が使い放題。なんと贅沢な事だろう。新日本国最高〜♡」
魔王は気が緩でいた。スタンピードが終息して、新境大橋防衛線では犠牲者がゼロ。
これほど嬉しい事はない。普段張り詰めている心が解放されて、赤ん坊の様に油断するのを誰が咎められようか。
ガチャリ。
不意にドアが開かれた。
紫髪の少年が我が家の如く部屋に足を入れる。
手には買い物袋を持っている、中身は下着などの着替えだ。
昨夜、入浴をカンナに禁じられたヒカル。
艦内売店が再開するのを待って買い物に出かけ、カンナと入れ替わりで戻って来たのである。
ヒカルは生粋のお坊ちゃまだ。
家では身の回りの世話を全てメイドがやってくれる。
トイレでもお風呂でも、順番待ちなどした事もない。
産まれた時から自分中心の生活である。お風呂場の電気が付いているとか、脱衣籠に魔王の服があるとか、彼にとっては留意すべき問題ではなかった。
深く考えず、お風呂に入りたいという願望のままに服を脱ぎ捨てて全裸になる。
タイミングも最悪だった。
魔王は常日頃から質素倹約を心がけ、体を洗う最中はシャワーを止めている。つまり今、浴室から漏れる音は僅かなのだ。気付かれないのも致し方ない。
周囲への配慮に欠けるヒカル。
油断した魔王。
2人がラッキースケベを起こすのは必然であり、自明である。
「やっと風呂に入れる! カンナの奴、俺様を何だと思ってるんだ。生意気な女だぜ!」
悪態を吐きながら、勢い良くお風呂場のドアを開けるヒカル。
その時魔王は、ドアに体を向けて立った状態で体を洗っていた。
するとどうなるか? そう、ドアが開いた瞬間に2人は相対する事となる。お互いに一糸纏わず、産まれたままの姿でだ。
「あれ?」
「えっ?」
ヒカルは見た。見てしまった。
魔王の透き通る白い肌。
華奢な肩、細い腕、細い腰、細く長い脚。
少女と言って遜色ない体は、痩せているのとは違い、ほのかに丸みを帯びていて、少年とは言い難い。
胸すらも、そこはかとなく膨らんでいる気がする。
少年と少女の中間。
そんな不可思議で艶めかしい、男の情欲を刺激する魅力に満ちた肉体が、目と鼻の先にある。
「あれ? 俺? その、違くて……」
しかもである。しかも、魔王の股間には確かにオ◯ン◯ンが付いていた。間違いなくき◯玉もある。小さく幼いブツだが、男のそれだ。
「きっ! きゃぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!!!!!」
魔王も見てしまった。見たのである。
普段、服の下に隠された、ヒカルの逞しい筋肉質な体。
藤家の跡取り息子であり、幼い頃からそれなりに鍛えられた肉体。体質的にゴリマッチョにはならず、多くの女性が好むイケメン細マッチョ。
美しくさえあるその肉体に、不釣り合いなブツがぶら下がっていた。そう、股間にである。
自分の貧相なブツとは格が違う。
大人の男の、それも大きめのブツが、立ち上がろうか? それとも自重しようか? 中途半端な状態でビクンビクンしている。
千葉半立でコレなのだ。全立ちになったらどうなるか。考えるのも恐ろしい。
瞬間、魔王の脳裏に過去の出来事が蘇る。
魔王がまだ少年の頃、何百人もの男達に言い寄られた記憶。成熟した大人の男達が、少年のリムリアスに向ける生臭い欲望。彼らのブツもまた、大きかった。
更にはピーターから告げられた聖属性魔法の奥義『生命玉』男の子なのに妊娠しちゃうと言う、男子の尊厳を破壊する非人道的な魔法。それらの記憶が畏怖嫌厭して魔王を襲う。
(無理無理無理無理むりぃ〜! 14歳なのに極太で凶悪過ぎる! あんなの後の穴に入るわけない!)
魔王が淑女の如く悲鳴を上げたのは致し方ない。
「いや! 来ないで! 出ていって!」
「や、違う! そうじゃなくて、俺は違くて!」
魔王は何故か、無い胸を隠して背中を向ける。
すると丸くて張りのあるお尻をヒカルに向ける事になる。
白いプリンプリンが網膜に焼き付く。
ヒカルのヒカルはこの時、本体の命令に先んじて全力起立を決めた。
「ひっ! デカい! 怖い! 早く出て行け変態!」
「待て! コイツは俺の言うことを聞かないきかん棒で、俺は変態じゃ……」
ヒカルは錯乱した頭で弁明しようと手を伸ばす。
浴室に足を踏み入れ、そしてお湯と石鹸泡で濡れた床にツルンと滑る。
「おわぁっ〜!」
「きゃっ!」
ラッキースケベが起こった瞬間である。
ヒカルは魔王に向かい、抱き着く形で倒れ込む。
小さくか弱い魔王にはヒカルを受け止める力はない。
2人は絡み合う様に床へと倒れる。
その際、ヒカルは魔王の頭と腰を腕に抱いて守った。
せめて怪我だけはさせまいと、オスとしてメス(オス)を守る本能が働いたのだ。
バターン!
「ひゃうっ〜!」
「痛って〜! リムリアス、無事か?」
魔王の体はヒカルの上。
ヒカルは咄嗟に体を捻り、自分がクッションとなって魔王を衝撃から守ったのである。
「俺のせいで悪い。怪我はないかリムリアス」
全裸のまま抱き合って、魔王を気遣うヒカル。
両腕でガッツリとホールドして、離す気は毛頭ない。
「びっくりした。ヒカルは大丈夫か?」
「俺は、痛てて、かすり傷だ」
「怪我をしたのか!」
ヒカルのヒカルが魔王の柔らかい腹部に押し付けられて熱い。肩を抱く腕も、腰に回された腕も、逞しく熱い。それから倒れる際にぶつけた頭から流れる血も熱かった。
「むう、血が出ておる。治療せねば」
魔王はヒカルの腹上で上半身を起こし、彼の顔を見下ろした。いわゆるマウントポジションの体勢。
「……リム、……リアス」
ヒカルの顔が興奮で赤く染まる。
魔王が可愛すぎて目がチカチカする。
ヒカルのヒカルも行き場を求めて切なくなる。
「ジッとしておれ不埒者。回復」
頭の傷は瞬時に癒された。
ヒカルは神秘的な回復を起こした女神を見上げる。
魔王から溢れた神聖な光輝。
しっとりと濡れて水滴を垂らす烏髪。
お風呂で上気した桜色のほっぺ。
挑戦的で挑発的な半開きの唇。
白く細くエロい首筋。
声変わり以前の問題のヒロインボイス。
ペタンコなのにほんのり脂肪が乗って、艶めかしい胸と乳◯び。
少女の様にくびれた細い腰。
お腹を圧迫する小さく柔らかなお尻。
抱っこするのに丁度良い体重。
小さなオチ◯チ◯すら卑猥に思える。
これだけ材料が揃えば、若い欲望が限界を迎えてしまうのも当然だ。
「リムリアス、俺!」
ヒカルは辛抱堪らなくなって頭がパーになった。
男として、婚約者として、今こそ立つ(既に立っている)婚約者なんだから、いつヤッても自分の自由、いつヤるの、今でしょう! と覚悟を決めて、お尻を鷲掴にしようと手を伸ばす。
(もうどうなっても良いや! 俺はヤル男だ!)
しかし!
「どっせい〜!」
ボコッ! ボコッ! ボコッ!
「うぶっ! げふっ! おごっ!」
マウントポジションからの顔面殴打三連発。
拳を痛めないように、掌底で打ち下ろすのも忘れない。
「我は入浴の途中だぞ! 早く出て行け発情小僧が!」
立ち上がった魔王から追い討ちで足蹴にされる。
それがまた、なんとも心地良い。
「出て行け! 出て行け! 二度と戻って来るな!」
お風呂場から追い出され、顔面を無様に腫らすヒカル。イケメン台無し。
それから魔王は入念に体を洗い、火照った体でお風呂を出ると、寝室には正座をするパンツ一丁のヒカルがいた。
「ヒカルもお風呂に入りたいのか?」
「……はい」
「ならば行って良し」
「…………」
「待て」
「……なんだよ」
「出会ったばかりの者の風呂場に押し入るなど言語道断。恥を知れ」
「……アレは、リムリアスに気が付かなかった。不可抗力だ。でも、すまん」
「理性を無くし、エッチな気分になったであろう」
「……婚約者だし、良いじゃんか」
「我は男の子だぞ! 大人なら分別を持て! それとも大きいのは下半身だけか!」
「………………ごめん。でも、リムリアスが可愛いのが悪い」
「でも、でも、言うな! 男らしくないぞ!」
「……リムリアスに言われたくない」
トボトボとお風呂へ向かうヒカル。その背中は哀愁を漂わせている。
「ふん!」
魔王はお気に入りの河童マグカップを取ると、冷えたミルクコーヒーを注いで一気に飲み干す。熱い身体に染み渡る甘ったるい清涼感。これがたまらない。
「ぷっふぁ〜! や〜ぱっり、これだよな〜♡」
ご満悦である。生命の喜びである。
後はご飯を食べて、少し早いけどカンナの匂い付きベッドに潜って眠ってしまおう。
そう想いを巡らす魔王の、本日の凶事はまだ終わっていなかった。




