29話
サブタイトルが付くか否かは思い付くかどうかです。
今回は閃きませんでした。
エミリオ達の軽装甲車が橋を渡るのと入れ替えに、2台の戦闘バイクがこちら側へ渡って来た。
バイクは泥で汚れ、機体の隙間に小枝や葉っぱが挟まり、操る2人の女性も細かな擦り傷切り傷だらけである。
「ぶへぇ〜! 死ぬかと思った!」
「ウチらマジで厄日じゃん!」
彼女達はBランクハンターコンビ『下妻爆走族』のクルシュとターリア。2人とも20歳中頃であり、ピチピチとビチビチの狭間に位置する魅力的なお年頃。
『下妻爆走族』は今日、朝早く武蔵大森林に入って狩りをしていたのだが、昼を少し過ぎたあたりで耳を劈くドラゴンの咆哮が大気を震わせ、次いで航空自衛軍の最新鋭レシプロ機の魔力エンジン音が鳴り響くと大森林全体がざわめき、あれよあれよと言う間に魔獣達が湧いてスタンピードに巻き込まれた。
装備を整えた中堅ハンターでも群れを成した魔獣に2人きりでは勝ち目はゼロ。身を隠して魔獣を避け、遠回りして命からがら新境大橋まで生還を果たしたのだ。
「あれぇ〜? お姫様がいるぞ?」
「ホントだ。リムじゃん」
魔王はエミリオ達を見送ったばかりなので橋の上に立っていた。周りには人だかりが出来ており、クルシュとターリアは何事かと魔王の前で戦闘バイクを停める。
「クルシュとターリアではないか。良くぞ無事に戻った」
戦闘バイクを降りてヘルメットを脱ぎ、髪を振って深呼吸すると、日本人とインド系の混ざった顔立ちがライトに照らされた。
2人は「ふぅ〜」と人心地ついて、それから魔王の場にそぐわないお姫様の出で立ちに、ムニュっとしたなんとも言えない顔をして声を掛ける。
「もしかして出張リム? 橋の向こうに魔獣が集まってるから危ないよ」
「そうそう。なんでドレスなの? パーティーから逃げて来たのか?」
「ふふ。戦士達がいる戦場に我あり。それよりも怪我をしているな」
「そうだね。痛いよ。散々な目に合った」
「ウチらも早く治療して防衛線に参加しないと」
1000匹の魔獣は利根川沿いに広く散らばっているのではない。大多数は逃げ道(橋)を求めて集まっている。
東側へ集まったC〜Bランクの魔獣はドラゴンの覇気に怯えて混乱しているのだ。
デファ星人の生物兵器セイレーンに操られた群れとは別枠なので、本能に従って安全な地域へ逃げたいだけだ。
利根川に架かる橋は数百キロメートル毎にしかない。
今回のスタンピードは数千キロに及ぶ大規模でもない。
つまり新境大橋を封鎖して魔獣を通さなければ筑波ハンター都市の防衛は成功なのである。
『下妻爆走族』はハンターの使命として防衛に参加すると言う。
「その意気や良し。ほれ、高等回復」
魔王はサクッと2人の傷を癒した。
「わぉっ! 全快じゃん!」
「これってヒーリング能力! 初めてなんですけど!」
驚きでワイのワイのと騒ぐ2人を、別のハンター仲間がなだめて事情を説明する。
「生きてさえいれば我が治す。戦士達よ、安心するがよい」
新日本国に転移する前の魔王は魔王国最強の戦士、比類なき強者であった。今はひ弱なお姫様である。
少女のカンナに腕力で敗北するくらい、いかんともし難い情けない肉体に大変身。けれど代わりに高度な聖属性魔法を操れる様になったのでプラマイゼロ。
魔王は無い胸を張り、戦場で自分に役割がある事に内心安堵していた。
(我はやれる! ハンターになって自立して、一人前の男として生きて行くのだ! お嫁さんになって妊娠出産など、断固として拒否する!)
小さな拳を天に突き出して決意を新たにする魔王。
そんな様子をチバラキTVが撮影している事を魔王は知らない。
◇◇◇◇◇
軽装甲車が新境大橋を越えてからしばらく、ハンドルを握るエミリオは不可思議体験の真っ最中である。
(3時の方向に2キロ進み右折。そこに南に向かう古い道路跡があるから真っ直ぐ進め。5キロ先にイノシャントが2頭いるがこれは仕方ない、仕留めろ)
魔王の声が頭の中に響き、魔王が俯瞰して見ている武蔵大森林の光景も脳裏に浮かぶ。それ何処か魔王の魂の温もりすら感じられる。
更に加えて軽装甲車の走行音も匂いまでもが、風魔法の障壁によって掻き消されている。
エミリオは気付いていないが、彼の体を通じて魔王が密かに魔法を発動しているのだ。お陰で魔獣の排除は一方的かつ最小限の戦闘で武蔵大森林を進み、目的のセイレーンまで間近に迫っていた。
「将吉、5キロ先にイノシャント2。頼む」
「おう」
軽装甲車の上部には外へ出る扉がある。将吉はそこから上半身を出して20ミリ対物ライフルを前方に向かって構える。
これは火薬式の通常ライフルであるが、威力、命中率、操作性、信頼性に定評のある秋田重工製。
銃身や重要部品は、魔力を流す事で鋼の数倍の強度と粘りを発揮しながら重さは数分の一という魔法金属ミスリルを使用。もちろん地球人は魔力を持たないので銃に魔石を填めて使う。
魔力レールガンに比べると大きく見劣りするが、そもそも魔力レールガンは基幹部分が大型のため、歩兵携帯兵器には使えないので致し方ない。
秋田重工製20ミリ対物ライフルは歩兵携帯用銃器としては最強格の一つである。
将吉は揺れる車上でスコープを覗く。
彼の大柄な肉体、鍛えられた筋肉がブレを抑え込んで巨大な対物ライフルを支える。
真夜中なので視界はヘッドライトが照らす短い範囲のみ。
魔力障害もあって暗視スコープは不調であり、通常なら到底狙撃など不可能な状態であるが、将吉もまた魔王の起こす奇跡の中にあった。エミリオの体を通して青大将の3人組も超感覚の恩恵を少なからず受けているからだ。
「将吉、残り2キロ」
「了解。俺も捉えた」
侠気溢れる将吉は、「何故?」は今考えない。
重要なのは「出来る」であり、それ以外は不必要。
将吉の第6感が、見えないはずのイノシャント2頭に狙いを定めた。浅く息を吸い、ピタリと止める。
瞬間、将吉の体は彫像の如く動かない。ただ一つの例外、右手の人差し指を残して。
「仕留めるぜ」
野性味溢れる太い人差し指がトリガーを引き絞る。
シュッ!
小さく気の抜けた発射音。
高度に発展した未来のライフルとはいえ、火薬式を採用しているなら少なからず響くはずの発射音は、これも魔王の起こした風の障壁によって抑え込まれた。
音速の壁を遥かに超えた弾速。
弾丸は鋼。弾種は対生物。
魔獣を想定して、点の貫通力よりも破壊面積を重視した特殊形状の物だ。
発射エネルギーと摩擦によって真っ赤に赤熱した鋼である。夜の森林を抜ける一筋の流星である。
それは音もなく、前方で行く手を塞ぐイノシャントの頭を爆散させる。
少し離れた場所にいたもう一頭が相方の異変を感じ取たのは、イノシシ特有の優れた嗅覚が血と脳漿の匂いを嗅いだからだ。
「ブヒィィ〜?」
地面から顔を上げた刹那、彼の頭も熱い鋼の弾丸によって爆散して果てた。
「ヒュウ! 流石、将吉だぜ!」
純が口笛で見事な狙撃を称賛する。
「リムちゃんのお陰だ。自分でも信じられない」
軽装甲車は速度を落とさず、冷たい大地に横たわるイノシャントを通り過ぎる。将吉は頭のない2頭の死体を横目にして、リムリアスというお姫様の底しれない超能力に身震いしてしまう。
(エミリオよ、セイレーンまであと少しぞ。6時の方向に舵を切って、7キロ進むと高台に出る。そこから魔獣の群れを一望出来よう)
脳に直接流れ込む、魔王の心地よいヒロインボイス。
エミリオは微塵の疑念も抱かず指示に従う。
出発から約2時間程度。ここまで魔王のナビゲートは最善を通り越して完璧であった。
魔獣対応の知識もそうだが、ナビゲートに無駄がなく的確。まるで長い間、前線指揮官として最前線を生き抜いた老獪な将軍を思わせる指揮ぶりである。
これが14歳かそこらのお姫様の能力だと、他人に話して信じるだろうか。
(誰も信じないだろうな。実際に体験した者しか信じられない。リムちゃんはそれだけ特別なんだ。だから藤家で秘匿されて育てられて来たんだ)
エミリオは勘違いを加速させる。
(リムちゃんの騎士として僕が守る。狭い籠に囚われた姫を解き放って、生涯を賭けて幸せにしてみせる。絶対に)
魔王リムリアスが異世界から転移した魔王など、露ほども考えないエミリオである。勘違いと妄想は多少許されるべきだろう。
◇◇◇◇◇
軽装甲車は高台に到着。
エンジンを掛けたまま停車すると4人は下車。
体を屈め、木々に身を隠して眼下に蠢く魔獣の群れを観察する。
互いの距離は1キロ未満。魔獣の群れの歩みは大地を震わせ、唸り声は鼓膜を劈く。生臭い吐息と獣特有の体臭が鼻を突いて、4人は手で鼻口を押さえて腹から込み上げる嘔吐感に耐えた。
「夜なのに暗視装置無しで見えるってどんな原理だよ」
五郎は自分が夜行性動物になった錯覚に陥る。
大森林の暗闇で見えるだけでも驚愕に値するが、視力まで向上しているらしいのだ。望遠鏡無しで数百メートル先までよく見える。
「だね。重ねて言うけどリムちゃんの能力は秘密だよ。軽口はハンター資格剥奪以上の罰則もあり得るから」
エミリオは魔獣の群れから目を離さずに、青大将に念を押した。全ては魔王を守る為。自分の男の娘妻にする為。幸せな結婚生活と、産まれるであろう一姫二太郎の為。
「メガナウマン象にタイラントタイガーにオルトロス。Aランク魔獣がウジャウジャいるぜ、今の装備だと一匹だって倒せないな」
中堅ハンターの純でさえ恐怖する光景。
数で言えば5000匹でも戦力で表せば一個師団、もしくは宇宙戦艦並だ。恐れない方がおかしい。
「静かにしろ。魔獣に気取られたらどうするんだ。目を凝らしてセイレーンを探せ」
将吉が大きな目玉を飛び出さんばかりに見開いてセイレーンを探す。彼は生真面目なのだ。
体長2メートルのキモいカマドウマである。群れの中でも目立つはず。むしろ群れを操るなら中心かやや後方にいるはず。
4人は目を皿にしてセイレーンを探す。
魔獣の進みは大軍故に遅く、今のペースなら東京近郊に到達するのは朝日が昇る時間になるだろう。
「見ろよエミリオ、群れの端っこがフラフラして始めたぜ」
五郎の指摘は真実だった。
セイレーンの洗脳の効果が切れ始めたのか、群れを形成する塊が無駄に広がり始めている。上から観察するとそれが良く分かる。
「皆んなチャンスだ。群れを纏め直す為にセイレーンが洗脳波を上げるかもしれない。耳を澄まして見逃さないでくれ」
魔獣は本来、種類を超えて群れたりしない。
スタンピードなどの狂乱状態になった特別な時だけ塊となる。
今はセイレーンに操られているが、洗脳が緩めば好き好きに霧散してしまうのだ。
エミリオ達はセイレーンがリアクションを起こすのを集中力を高めて見守る。すると突然、エミリオの頭に魔王の声が浮かんだ。
(何をしておる馬鹿エミリオ。エミリオ馬鹿。セイレーンならあそこにおろうが。何故に我を頼らぬ。我はず〜と前からセイレーンの位置を捉えておるのだぞ?)
魔王は新境大橋からでも風探査で魔獣の群れを把握可能。それだけでも十分なのに、今はエミリオを中継して更に広範囲を詳細に探査可能なのだ。群れの何処にセイレーンがいるかなど、先刻お見通し。
(ほれ、我と意識を合わせよ。あそこあそこ、エミリオさん、あそこです)
群れの最後尾からやや中に入った場所。Aランクの魔獣に守られる形でセイレーンはいた。
「皆んないたぞ! アレは黄色セイレーンだ!」
エミリオは興奮を抑えて指をさす。
その先に黄色の縞模様をしたカマドウマの体に老婆の顔をした、デファ星人の生物兵器セイレーンが見えた。
「黄色か! こりゃあ、勝ったも同然だな!」
「てことは、今回のスタンピードはデファ星人の破壊工作じゃないって事?」
「いや、デファ星人の破壊工作で間違いないだろう。時限爆弾的な置き土産だぞ」
青大将の3人組は口々に語る。その声色には明らかに安堵が混ざっていた。それは何故か? それはセイレーンが黄色セイレーンであったからだ。
(エミリオ、黄色セイレーンとはなんぞ?)
魔王は思念でエミリオと会話を交わす。
(黄色セイレーンはね、セイレーンの初期型で大昔に使われてた奴。洗脳と誘導力が弱い代わりに魔力ジャミングが得意なんだけど、人類が対処法を確立したから使われなくなって消えたんだ。アイツはたぶん、昔にばら撒かれた耐久卵の一つが、ドラゴンの覇気に当てられて孵化したんだと思う)
黄色セイレーンである事を東京防衛部隊に伝えれば、適切な装備で適切な対処をするとエミリオは言う。
この情報だけで勝利は確実だと締め括った。
(了解した。リチャード大隊長に伝えよう。だがエミリオ、戦いに絶対はない。気を引き締めよ)
(そうだね。なんかリムちゃんって歴戦の司令官みたいだ)
(ふふふ。それこそが我の真の姿。ようやく分かったか)
(なんかリムちゃんって、厨二病ぽいね。そこが可愛いけど)
(厨二病とはなんだ? 馬鹿にされてる気がする。おい、エミリオ馬鹿。お前こそ馬鹿。馬鹿ロリコンめ!)
その後、エミリオ達は罰としてスタンピードの後方を追跡して、監視を継続する任務を魔王から命じられた。
備えあれば憂いなし。新鮮で正確な情報は常に必要なのだ。
青大将の3人組は完全なとばっちりで巻き込まれだが、そこはいかんともし難い。魔王は案外、プライドを大切にするので仕方ない。
そうして朝日が昇りきる頃。
東京防衛部隊とスタンピードの戦いは万全な態勢を整えた防衛部隊の勝利で集結。
ピーターが医療協力した事もあり、死傷者の数は過去数年間のスタンピードで最も少なくい大勝利となった。
エミリオ達は結局、その日の内には筑波ハンター都市に戻れず、東京に入って休息と補給を受けてから数日後に帰還した。
その間エミリオは、リムちゃんリムちゃんと繰り返し、青大将をウンザリとさせたのは別の話。




