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28話 リムリアス姫 ③



 魔王はテーブルに両手を置いて地図を見入る。

 軍事用のそれは、古い地名で言うと千葉、茨城、福島、栃木、群馬、埼玉、東京、神奈川、そして長野と山梨の一部が細かく詳細に描かれていた。


 地図の読み方は多少は分かるのだが、転移して来たばかりの魔王は日本の地理に明るくない。

 エミリオが教えてくれた現在地は茨城と埼玉の境界に架かる元境大橋。現在は利根川に数箇所しか架かっていない重要建造物の一つ、新造された新境大橋だ。


(改めて見ると日本国は山地ばかりだ。そして大半が森林で覆われている)


 日本は元来、山地が多く平野が少ない。

 加えて異世界融合により土地面積は倍以上となり、反比例して人口は減り、結果として再開発もほとんどされておらず、魔力の影響で異常成長した異世界植物に支配された土地は魔獣には心地良い環境だ。


 魔王は地図を睨みながら住みづらい国だなと思い、顎に手を当てて眉間に皺を寄せる。


「では、やるか」


「頑張れリムちゃん」


 エミリオの声援を受けながら魔王は軽く目を閉じた。

 それから口の中でモニョモニョと発動呪文を唱える。

 リチャード大隊長は腕を組み、大きな目をギョロリとさせて事の成り行きを黙って見守る。


風探査ウィンドサーチ


 魔王の肉体から魔力が滲み、意識が大気と一体となってテントから飛び出すと拡散して行く。


 今回の探査は利根川の東と北東は除外していい。

 栃木、群馬、埼玉にだけ意識を向ける。


 風になって空を飛び、木々を抜けて地を駆けて、谷も小川も旧時代の建築物の残骸も越えて、魔王は武蔵大森林の一部となって自由に疾走った。


 時間にして10分程度。魔王は静かに瞼を開く。


「リムちゃん?」


 少しだけトロンとした魔王の瞳、半開きになった唇。

 エミリオはそこに幼いエロスを感じ取った。

 ムクムクと湧き上がる感情があり、何かをしたい衝動に駆られ、無駄に顔を近付けていやらしい事を想像する。


「邪悪な妄想はやめよエミリオ」


「誤解だよリムちゃん。僕はいつだって真剣だ」


 真剣な変態ほどたちの悪いものはない。魔王はちょっと体を引いた。


「エミリオは我から距離をとれ」


「嫌だ」


 言って聞く変態など稀である。ピーター然り、エミリオ然り。エミリオが離れないので仕方なく我慢する。


「大隊長殿、魔獣の布陣はこの様な感じであった」


 魔王は地図を指でなぞりながら説明を始めた。


「東側、利根川沿いに集まった集団は1000匹程度。個々の脅威度は低そうだ」


「魔獣の種類は分かるかね?」


 大隊長の問に、ハンター事務所で自主学習した知識をドヤ顔で披露する。暇な時間が多かったので、パソコンの練習も兼ねて勉強したのだ。魔王は案外、真面目なのだ。


「肉食ウサギのキャビットが多い。それに満月熊、ツチノコ、シカジカ、イノシャント、豆狼。どれもCランクからBランクの魔獣だ」


 キャビットは魔王が武蔵大森林に転移した夜に仕留めた、人間サイズのウサギっぽい魔獣。

 満月熊はお腹に白く丸い模様のある巨グマ。

 ツチノコは乗用車サイズの巨大なミミズ。

 シカジカは角が鋭利なブサイクな巨ジカ。

 イノシャントはサラサラロングヘヤーのイノシシ。

 豆狼は豆柴サイズの狼。


「なるほど。それが真実かは一旦置こう。集団の状態はどうかな? こちらへ向かって来るかな?」


 スタンピードが起きたからと言って、必ず都市を襲うとは限らない。

 スタンピードには大きく分けて二種類あり、一つはドラゴンや天変地異に驚いて狂乱状態となる場合。

 もう一つは知恵ある何者かに誘導された場合。


 前者の場合は放置しても、いずれ収まる事もある。

 防衛線を張って警戒だけしていれば、時間と共に頭の冷めた魔獣は自然と霧散するのだ。


 後者の場合は厄介だ。指揮者に扇動された怒れる魔獣の群れは目的を持って人の領域に進撃する。

 指揮者は知能の高いドラゴンなどの魔獣もしくはデファ星人の生物兵器。確固たる目的を持って行動しているので自然に止まる事は決してない。


「東側に集まっている魔獣は指揮者を持っておらぬな。纏まりなく混乱しているだけだ。これはおそらく、東京に向かって南進している集団に押される形でこちらに来ているのだ」


「こちら側の集団は手を出さなければ自然消滅する可能性があると。それは後で偵察を送って確認するとして、東京に向かっている集団も分かりますかな?」


「分かるとも。数は約3000匹。Aランクの魔獣、タイラントタイガーや双頭の狼オルトロスも混ざっている。そして集団を後方から追い立てる魔獣もいるぞ」


「指揮者がいると? 種類は分かりますか?」


 ここで魔王は頭を捻ってしばし考える。

 魔王は閃き力こそ乏しいが、記憶力は自信があるし集中力もある。武蔵大森林に生息する魔獣は勉強の成果でほぼ覚えているが、スタンピードを指揮する魔獣はデータベースになかったと思う。


「紙とペンをお借りしても良いかな?」


 魔王は口で説明するよりも、優れた画才を披露するのが早いと判断した。司令所にいた兵士が魔王に紙とペンを手渡し、魔王はスラスラとペンを走らせる。


「え〜と、体はバッタ? いやカマドウマだな。それに老婆の頭が付いている。ボサボサの長い白髪に歯抜けの口、瞳は真っ黒だ。キモいな。大きさは2メートルくらいでっと。できた!」


「リムちゃん、これ」


「な、なんと」


「ふふふ。我ながら良く特徴を捕らえていると思う」


 魔王の描いたそれは、良く言えば前衛的、普通に言えば幼稚園児レベルの抽象的な絵であった。描きながら口で説明していたので助かったが、絵だけ見せられたら理解不能。


「大隊長、これはもしや」


 エミリオは指揮する魔獣に心当たりがある。


「早急に偵察隊を送る。この下手、いや、可愛らしい、むう、とにかく画伯の絵が真実ならセイレーンだ」


 リチャード大隊長は下手くそな絵を睨んで怖い顔をしていた。


「エミリオ、セイレーンとはなんぞ?」


「うん。セイレーンはね……」


 セイレーン。

 古代ギリシャの神話に登場する半人半鳥の魔物。

 歌声で人を惑わし命を奪うこれは、今ではデファ星人の創り出した生物兵器の名に取って代わっている。

 神話同様、鳴き声で魔物を操り、スタンピードを指揮して人間の拠点を襲わせるのだ。

 外見は巨大なカマドウマに老婆の顔。人間の根源的嫌悪感を刺激する醜悪な姿をしている。

 セイレーンがスタンピードを起こしてなら、それはデファ星人の攻撃である確固たる証拠となる。


「武蔵大森林の偵察ならハンターの出番ですね」


 筑波ハンター都市を拠点にするハンターにとって武蔵大森林を構成する旧栃木と旧埼玉は勝手知ったる庭であり、自衛軍が偵察に出るよりもハンターの方が効率が良く、情報収集力が高い。


 リチャード大隊長は「ふむ」と頷く。

 自衛軍とハンター。役割を分担して新日本国を守っているのだ。権限がどうの、メンツがどうのと言った話はとうの昔に片付いているのだ。


「偵察はハンターに頼むとして、魔力障害による通信の不調はどうするか。行って確認して帰って来てからでは時間のロスが激しい。かと言って不確実な情報を東京防衛部隊に伝えるのも些か問題だ」


「一応、連絡だけして警戒を促しては? 本当にセイレーンがスタンピードを指揮していたら、3000匹の魔獣は2倍3倍の戦力に化けますから」


「そうだな。情報をどう扱うかは上層部の仕事か」


 リチャード大隊長は、あくまでも藤家のお姫様がリモートビューイングで探査した不確かな情報であると念を押して、東京防衛部隊に情報を送るため兵士に指示を飛ばす。武蔵大森林から離れて旧千葉方面に向かい南東に離れれば、長距離通信も通じるのだ。


「リムちゃん。そういう事で、僕は行ってくるよ」


 エミリオは七三に分かれた金髪をサッとかき上げて、自分が偵察に出るのを当然として魔王にウインクする。


「我が騎士エミリオよ。通信が繋がらねば不便であろう。考えはあるのか?」


 魔王はもう一度地図を見下ろす。

 セイレーンの居場所まで、新境大橋から直線で50キロメートルは離れている。実際はアップダウンな地形や障害物が行く手を阻むので倍以上の距離になるだろう。

 エミリオのセカンドカーである小型の軽装甲車でも簡単に行って帰れる道程ではない。


 しかもその間、敵も南進を続けるのだ。

 エミリオが頑張ってセイレーンの存在を確認して、通信可能距離まで離脱する頃には東京防衛部隊と魔獣の群れは激突した後になるだろう。


「策はないけど行くしかない。無駄になるかもだけど、正確な情報は必要なんだ」


 エミリオは変態だがイケメンだ。

 使命感と覚悟に満ちた若者の顔は、魔王も納得させる戦士の顔であった。


「ならば我に策がある。取り敢えず偵察の準備をしてから話そう」


「策かい? それも超能力?」


「その様なものだ。ほれ、時間が惜しい」


 魔王はエミリオの背中を押して司令所を出た。


 エミリオの軽装甲車は4人乗り、偵察隊として後3人連れて行きたい。適任のハンターはいないかと周囲を探る魔王とエミリオ。


 上手いこと3人。熟練のハンターはいませんか?

 そう考えていると装備の補給を受けた『青大将』の3人組が新境大橋の防衛に向かう姿が見えた。


 魔王は「これだ」と閃いて、3人を大声で呼び寄せる。


「青大将〜! こっち来て、こっちこっち!」


 手を振りながらピョンピョン跳ねてみた。


「リムちゃん、どうしたの?」


「リムちゃん、リーダーを助けてくれてありがとうな。お礼にデートしよう」


「リムちゃん、俺もこれから怪我する予定があるんだけど」


 3人組はヘルメットに装甲服にライフルという出で立ち。彼らは普段、装甲車を愛用して狩りをしているのだが、今回のスタンピードで中破して使い物にならないのだ。


「その方ら、お手すきか?」


 魔王は蠱惑的に微笑みながら問う。

 装甲車を失い、歩兵戦力にしかならないなら、エミリオを手伝えと伝える。


「東京に向かって南下している魔獣の群れを偵察するんだ。もしかしたらセイレーンに操られているかもしれない」


 エミリオも微笑みながら補足説明。


 青大将のメンバーはリーダーの五郎と運転手の純と重機関銃担当の将吉。彼らはセイレーンの名を聞いて嫌な顔を作ると、それぞれ顔を合わせあった。


「てことはデファ星人の仕業か。畜生、俺は死にかけたんだぞ」


 リーダーの五郎の顔は若いのに苦労皺があり田舎臭い。

 拳を握り唸るように怒りをあらわにする。


「待てよリーダー。その情報のソースは何処だよ。自衛軍か? ハンターの航空偵察か?」


 純はネアンデルタール人によく似た顔。

 五郎の肩に手を置いて慎重な判断を促す。適当な話で狂乱の武蔵大森林に戻るなど、彼はしたくない。


 逆に将吉は自分の身より使命を重要視するタイプだ。

 巨体で目が細く、おっとりした雰囲気で気が優しくて力持ち感が溢れる男は、エミリオが行くなら手伝うべきだと主張する。


「無駄足は踏ませぬぞ。敵がいると我が言うのだ。全ての責任は我が負い共に死のう。その方らは今日死ぬか?」


 情報の出所は自分だと告げ、魔王は言葉に責任を持つ。戦士達は役割に準ずるのかと問う。

 すると再び顔を見合わせ、奇跡の力を持つ姫君が言うのならと頷き合う。


「俺はリムちゃんのヒーリングがなければ死んでたからな、この先の命は姫様に捧げよう」


 五郎は田舎臭い顔を破顔させて死ぬと言う。


「ヒュウ! お姫様から自分の為に死ねと言われるなんて、人生何が起こるか分かんねぇな!」


 純は口笛が得意だ。


「ハンターになると決めた時から覚悟は完了してる。死ぬには良い夜だ」


 将吉は太い腕に力瘤を作ってやる気100倍。


「青大将の心意気、確かに受け取った。エミリオは死ぬか?」


 魔王は隣に立つエミリオの顔を見上げた。

 他人に対して死ねと明言する魔王に、エミリオは一切の不快感を持たない。むしろ不思議な高揚感を抱き、ただ優しい笑顔で肯定するのみ。


「姫様の騎士は姫様の為に死にましょう。どうぞお命じ下さい」


 格好つけて騎士の礼をとる。


「よろしい。では騎士エミリオ、跪け」


 エミリオは命じられるままに魔王の前で片膝を付いて見上げる。まるでファンタジー映画のワンシーンの様な厳かな一コマ。青大将の3人組は胸を高鳴らせて見守る。


「エミリオ」


「リムちゃん」


 魔王は自分よりも低い位置に来たエミリオの顔を両手で優しく包むと、そっと顔を寄せて唇を合わせた。


 チュ♡


「〜〜〜!!!」


 唇と唇が合わさり、更に少しだけ舌を入れる。ディープなキス。

 エミリオは思考が追いつかず真っ白。

 3人組も「今ここで!」と声を上げてしまう。


「ん♡」


「リムちゃん、なんで……」


 唇が離れる。

 テロンと糸を引く。

 エミリオはお縄となり、名残り惜しそうに魔王の瞳に魅入る。

 すると。


「これでエミリオと我の間に繋がりが生まれた」


「そうだね。結婚しよう」


「勘違いするな。これからしばしの間、エミリオと我は通信機を介さずとも意思の疎通が可能となった。魔力障害どころか、むしろ魔力の濃い場所の方が長い距離を鮮明にやり取り出来る」


 魔王はテレパシーの様なものだと説明する。

 自分が魔獣を避ける最適のルートをナビゲートするから迷わず進めと力強く宣言する。


「エミリオがセイレーンを確認すれば我がすぐに大隊長に伝える。これで時間の浪費は最小限になろう」


 確かな情報なら自衛軍も素早く的確に動ける。

 3000匹の猛威に対して十分な戦力で対応出来る。

 間違いのない情報こそが勝利への鍵である。


「時間が惜しい。行け」


 女神の如きお姫様(男)の祝福を受けた4人の戦士達は洗練された動きで準備を整えると、魔王の前に整列した。


「お前達が死ぬ時は我も死ぬ時。戦士達よ、天上の園で再び会おう」


 魔王は一人ひとりと目を合わせてから、遥か南に手をかざした。


「リムちゃんを死なせる訳にはいかないな。無事に帰って結婚式を挙げないと」


 エミリオは前髪を掻き上げると、ムカつくイケメンスマイルでウインクしやがる。


「帰ったらハンター食堂でスイーツ奢るぜ! スイーツデートだ!」


「リーダーは顔も田舎っぽいけどデートの作法も駄目駄目だ。だからモテないんだよ。お姫様とは高級ホテルの展望レストランじゃないと格好つかないだろう」


「そうだ。お姫様とのデートにはロマンが必要だ。俺達3人揃って高級焼肉で祝勝会と洒落込もう!」


 青大将の3人組は背筋を伸ばして敬礼。生きて帰ると気合を入れる。

 4人全員、魔王と一蓮托生と言われれば、死んでも生還する以外選択肢はないのだ。


 軽装甲車の魔力エンジンが唸る。

 ヘッドライトが夜の闇を引き裂いて、遠く新境大橋の向こう側、武蔵大森林を照らす。

 エミリオと青大将は魔王に笑顔で手を振ると、アクセルを吹かして狂乱渦巻く魔獣の大釜へと突き進む。


(気の良い戦士達だ。エミリオは変態だけど、良い奴ではある。太陽の女神アマテよ、勇敢なる者達に加護を与え給え)


 見送る魔王は気が付いていなかった。

 一連のやり取りを眺めるリチャード大隊長や衛生隊長や自衛軍の兵士達やハンター達がいる事に。その中にはチバラキ新聞とチバラキTVの記者が混ざっていた事に。



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