27話 リムリアス姫 ②
「現場に到着する前にリムちゃんに言っておかないと」
「おん?」
軽装甲車のハンドルを握りながらエミリオは説明を始めた。
「スタンピードが発生した場合の防衛ラインはあらかじめ決められているんだ。今回の場合は武蔵大森林から東に向かってだから、利根川が第一防衛ライン。つまりリムちゃんが提案した橋の上に拠点を作るっていうのは、実は既に始まっている」
「なんとだ!」
「ごめんね。今頃は陸上自衛軍と武蔵大森林から非難したハンター達が防衛ロボットと一緒に陣地構築を頑張っている頃だと思う」
「なぜ早く言わん! これでは我が恥かきっ子ではないか!」
「まあまあ、落ち着いて。全然恥じゃないよ。むしろ僕は感心したんだ。14歳の美少女が真っ当な軍事的判断を瞬時にして、僕に命令したんだから」
「32歳の男の子だと言っておろう。14歳などピーターの嘘に決まっておろう。なんならエミリオに◯チ◯チンを見せてやろうか?」
「マジで! 見たい!」
暗闇の中、ベッドライトに照らされた砂利道を車列が西進する。ここは既に下妻森林、武蔵大森林を構成する一部であり魔獣の闊歩する危険地帯だ。
にも関わらず、魔王とエミリオはオ◯ン◯ンを見せる見たいで盛り上がっている。
「見せるの止〜めた! 絶対に見せん!」
「酷い、見せてよ! 期待だけ持たせて取り上げるのは良くないよ!」
「エミリオは男の◯チンチ◯を見て嬉しいのか? お前は少女趣味ではなかったのか?」
「心外だな。僕は紛れもないロリコンだよ」
エミリオはキリリとした顔を助手席の魔王に向ける。
変態ロリコンのクセして真剣な眼差しは不覚にもイケメン。会話の内容さえ狂っていなければ、誰もが認めるイケメン。
「リムちゃんは特別。僕はリムちゃんに運命を感じているんだ。リムちゃんが妊娠可能な体だと聞いて確信が持てた。僕はリムちゃんと結ばれる為に今まで童貞を守って来たんだ」
「真顔で気色の悪い話をするな。運転中は前を向け」
「手を握っても良い?」
「駄目! 我は男の子だから男とは手を握らない!」
「ちょっと休憩してキスしても良い?」
「お前には鼓膜が存在せんのか? 脳みそ壊死してんの?」
「この戦いが終わったら結婚しよう」
「勝手にフラグを立てて死ねよ! もちろん一人でな!」
そんなこんなで数時間後。
利根川に架かる橋に近付くと、人工的な明かりがいくつも灯っている。
多数の軍用車両が橋の手前に集結して、アラクネ型の防衛ロボットと共に周囲を警戒。
そこではお揃いの迷彩服に身を包み、統制の取れた動きをみせる集団がテキパキと動き回って大型のテント設営などをしていた。
「彼らは陸上自衛軍だよ。負傷者はここに集められているはずだ」
エミリオ隊の車列が橋に近付くと、兵士の1人が誘導灯で停止を指示。エミリオは止まり、後続車も止まる。
「お疲れ様です。僕はAランクハンターの桜エミリオ。ヒーラーである藤家のお姫様を護衛して来ました」
兵士が車内を覗き込む。
そして魔王の姿を見て息を呑んだ。
「ご苦労様です! 連絡は受けております。既に負傷者数名を保護しておりますので、早速治療をお願いします」
兵士は顔を赤くして敬礼。魔王も笑顔を返し、兵士は更に赤くなって空を見上げてしまった。
「あちらのテントが臨時救護所です、ご案内しますので、どうぞお進み下さい姫様!」
魔王を乗せた軽装甲車は徐行運転でテントの手前まで進み、残りのハンター部隊は橋の先へ進む。
魔王はエミリオのエスコートで下車、兵士がテントの入口を開けると、中からうめき声が漏れ出した。
「うぅ〜、痛え」
「はぁ、はぁ、はぁ」
「痛み止め、もっと痛み止めをくれ〜」
簡易ベッドの上には重傷者が3人。軽傷者は10人。
自衛軍の衛生兵が必死に応急処置をしているが、重傷者はこのままだと助かりそうもない。むしろ良くここまで持ったと称賛したい程の怪我だ。街まで運んでいたら確実に命を落とすだろう。
しかも重傷者の1人は魔王の良く知る人物、3人組のハンターチーム『青大将』のメンバーだった。
「ヒーラーの方をお連れしました」
兵士がテント内で指示を飛ばしている白衣の兵士に敬礼する。
中年の彼女が衛生隊の隊長だ。入室した魔王を見るやいなや渋面を作り、手を止めて罵声を浴びせる。
「なんで野戦救護所にお姫様が来るんだ! お偉いさんの自己満足の慰問なんて迷惑なんだよ、帰りな!」
中年女性隊長が冷たく言い放つ。
魔王はキツイ言葉を投げられても眉一つ動かさない。
ただ負傷者達の怪我の具合を入り口から観察している。
(ふむ。この人数なら一度に癒やせるか)
「聞いてんのか? お姫様は邪魔だから消えろって言ったんだよ!」
中年女性隊長が声を荒げたその時、魔王は両手を胸の高さまで静かに持ち上げた。
「広範囲高等回復」
魔王は極々小声で、口をモゴモゴさせるだけで呪文を唱えた。魔法は超能力という設定なので、呪文を聞かれるのはまずいのだ。
両手から金色の粒子がテントの中一杯に拡散して負傷者達に振り注ぎ、体に吸収されて消えていく。
すると頭から出血していた若いハンターが。
「痛くない。目眩も吐き気も止まった」
利き腕を骨折した女性ハンターは。
「腕から痛みが消えて真っすぐになったわ。腫れが引いて手が動く。治った!」
そして死にかけていた『青大将』のメンバーも。
「あれ? 三途の川の向こう側でアイドルのミルキーリンリンちゃんが手招きしてたはずなのに?」
ベッドから上半身を起こし、死に至る傷があった場所を不思議そうに眺めている。もちろんそこに傷跡は残っていない。あるのは血の跡だけだ。
「……信じられない」
衛生隊長は魔王の起こした奇跡が夢か幻に思えた。
超能力者の存在と、中でも貴重なヒーラーの能力は知識としては知っていた。藤家の相談役なるロリメイドが権力者達の薬箱だという噂も知っている。
今回は桜家を通じて突然、藤家の相談役と謎のお姫様が医療協力すると連絡を受けた。
上層部は能力に実績のあるピーターの申し出を歓迎すると共に、モグラの穴の如く湧いて出た謎のお姫様の世話を東防衛線に押し付けた。
衛生隊長が上官から命令されたのは2点。
お姫様のヒーリング能力は当てにせず無難にあしらえ。
絶対に怪我をさせるな。無事に街へ返せ。だった。
「ふむ。やれば出来るものだな」
魔王は腰に手を当てて、ブラジャーで嵩増しした偽物の胸を張った。
苦痛から解放されたハンター達は我に返り、魔王の姿に驚く。なぜリムちゃんがここにいるのかと。
「リムちゃんじゃないか!」
「リムちゃんがいるぞ!」
「ミルキーリンリンよりも100倍可愛い!」
全快したハンター達は口々に魔王の登場に驚きと疑問を投げ掛ける。騒然となったテント内をエミリオが手を挙げて鎮めるのだ。
「皆んな聞いてくれ。これは極秘事項だから守秘義務が発生する。いいな?」
一同は興奮冷めやらず、エミリオの言葉に耳を傾けた。
「実はリムちゃんは藤家のお姫様で高レベルのヒーラーだ。今回は皆んなの治療の為に特別に危険な前線まで来てくれた。彼女を悪意ある世間から守る為に、ここで起こった奇跡は公表禁止。分かったな」
ハンター達も衛生隊長も顔を見合わせ、一瞬で癒えた傷をもう一度確認すると「うんうん」と頷き合う。
「おいエミリオ」
しかし周囲は納得しても魔王は物申したい。
「我を彼女と呼ぶな」
彼女。その言葉に一同はキョトンとして、しばらく考えた後「どっ!」と笑いが巻き起こり、それから青大将のメンバーが。
「リムちゃん、その彼女は恋人って意味じゃないぞ!」
「「「わははははは!」」」
場の空気は一気に和む。
魔王は瞬時に理解した。そうではない。違うのだと。
そして勘違いされた怒りをエミリオにぶつける。
細腕でエミリオの胸をポカポカと叩く。
「馬鹿エミリオ! エミリオ馬鹿! 全部お前のせいだ馬鹿!」
「ちょっとやめて! 痛くないけどやめて!」
再び「どっ!」と笑いが起きた。
スタンピードの最中だというのに、救護所の雰囲気は明るい。
それから衛生隊長が魔王の前に進み、姿勢を正して頭を下げる。
「気が立っていたとは言え、先程の暴言失礼しました。ご協力感謝致します」
「許す。頭を上げよ隊長殿」
魔王は微笑み、中年女性隊長は心臓を撃ち抜かれた。
(やだ。こんな娘が欲しい〜!)
隊長は既婚者だが息子しかいない。美少女魔王の微笑みに母性がキュンキュンしてしまう。
「さて、スタンピードの状況を知りたいんですけど、隊長さん?」
妄想の世界に旅立った衛生隊長をエミリオが引き戻す。
「あ、はい。それは大隊長から聞いて下さい。おい、この方を司令所にお連れしろ」
衛生隊長は案内の兵士に命じた。
兵士がエミリオを促し、去り際。
「武器弾薬の補給は十分に持って来た。皆んな、まだやれるよな?」
ハンターたる者、スタンピードを前に背を向けるなど許されない。傷が癒えたのなら尚の事だ。
「「「おぉ! リムちゃんのお陰で元気100倍だぜ!」」」
傷と共にやる気も全快したハンター達は救護所を飛び出して行く。
エミリオと魔王も兵士の案内で司令所のテントへと入ると、迷彩服とヘルメットの筋肉質な黒人のおっさんがテーブルの上の地図を睨んでいた。
「失礼致します! Aランクハンター桜エミリオさんと藤家の姫様をお連れしました!」
兵士の声に地図から顔を上げる黒人のおっさん。
「む? 救護所ではなく何故ここに? それにその格好、如何なおつもりか?」
衛生隊長とのやり取りが思い出される。
エミリオはすかさず治療が終了した事、魔王の服装は着替える暇もなく急いで来た事を伝える。
「なんと、瀕死の重傷者を、しかも複数人を一瞬で」
「はい。リムちゃんの力は極秘事項です」
黒人おっさんは「了解した」と頷く。
「失礼した。私はリチャード・山田。一尉(大尉)です。姫様のご助力、心から感謝致します」
「我はリムリアス。こちらこそ、実績のない者を受け入れて頂き感謝する」
「とんでもない。まさか藤家にこれ程の姫君がおられたとは驚きです」
「姫ではない。姫と呼ばないで欲しい」
「はぁ?」
性別云々とか、姫じゃないとか、繰り返しても仕方がないので割愛。
「大隊長、スタンピードの状況を教えて貰えますか?」
黒人大隊長リチャードとエミリオと魔王は地図を囲んだ。
「知っての通り、武蔵大森林は魔力が濃いのでレーダー類が弱い。加えて季節風で大陸から魔力黄砂が飛んでいるから長距離通信も感度が悪い。航空偵察も夜間なので今ひとつだ」
「サーモカメラも赤外線カメラも、魔力妨害を受けているんですか?」
「そうだ。このスタンピードはどうもおかしい」
「仕組まれたスタンピードの可能性があると?」
「魔力黄砂が飛ぶ時期に合わせてドラゴンが飛来する。あり得るが、タイミングは良いな」
エミリオは「確かに」と頷く。
サーモカメラと赤外線カメラまでも不調なのも不自然である。
「デファ星人の破壊工作でしょうか?」
「私はその判断を下せる立場ではない。もう少し情報が欲しい所だ」
戦いにおいて情報は生命線である。
正確な情報と優れた用兵により、寡兵が大軍を破った実例も多くある。
魔王は国家の最高指導者であり、軍事の最高司令官でもあった。従って情報の重要性は深く理解する所だ。
「エミリオ、エミリオ」
エミリオの腕をクイクイと引く。
「どうかしたのリムちゃん?」
「我が調べようか? ほら、エミリオが言う所の、りも〜と、びゅ〜? なんたらで」
「あっ! リモートビューイング!」
魔王は風探査という探査魔法が使える。日本人はそれをリモートビューイングと呼ぶ。
全周囲探査なら半径10キロメートル。
範囲を限定すれば数倍。
地形も、そこにある物体も、詳細に知る事ができる。
「おふた方、何か?」
「隊長、実は……」
エミリオの説明に懐疑的な視線を向ける大隊長。
高レベルヒーリングだけでもお釣りが来る優れた能力なのに、高レベルリモートビューイングまで使うと言われても信じ難い。
それに実績のない超能力を信じろと言う方が無理がある。無理はあるが、現状で有効な情報収集手段が他にないのも事実。
突発的なスタンピードと不明な状況。
見え隠れするデファ星人の影。
リチャード大隊長は悩んだ末、僅かでも情報が得られるのなら、試す価値はあると結論つけた。
「お願い出来ますか姫様」
「任されよ」
どうやら魔王の活躍は始まったばかりらしい。




