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男の娘魔王様の如何ともし難い日常 〜異世界化した未来の地球に転移した魔王は姫になる〜  作者: 和三盆光吉


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19話



 魔王が新日本国に転移してから10日以上が経過した。

 あと数日もすれば暦は5月となり、春が終わり初夏となる。

 

 ただし。人類の数が減り、異世界森林に陸地の大半が覆われた現在の地球は温暖化とは無縁の世界。


 遥か昔、ゴールデンウィークになれば気温は真夏並。

 半袖に日傘をさして、冷たいジュースにアイスやカキ氷を食べて暑さをしのぎ、街を歩けば『冷し中華はじめました』の看板。デパートの屋上ではビアガーデンがオープンして、サラリーマン達がジョッキ片手に「うぇ〜い」と仕事のストレスを発散する。


 そんな5月は今や昔。


 長袖が必要な日和の中で、魔王は今日もハンター協会の受付嬢として笑顔を振り撒いている。

 空いた時間が暇なので、先日ユーリに買ってもらったスマホをテーブルの下に隠しながら弄る。


【はろはろカンナ、ごきげんいかが? 当方リムでござる。本日は大物狩りもなく平穏至極、暇でござるよ(笑)】


 無料メール送信アプリ『BOIN』でカンナにメールを送る。

 カンナは今、授業中のはず。返信はしばらく後になるだろう。


 魔王は摩訶不思議な魔道具スマホの画面を指先でシュッ、シュッと弄りながら、「はふぅ」と溜め息を一つ。


(新日本国に飛ばされてから10日以上。さいわい善良な人々の好意によって生活は成り立っているが、魔王として、いつまでも善意に甘える訳にもいかぬ。そろそろ身の振り方を決めて自立せねば)


 魔王は大人である。

 外見上は美少女でお姫様だが、正真正銘、大人の男である。

 それも一国を率いた魔王である。

 魔王は世襲ではなく、実力で玉座を手に入れる。

 つまり魔王となる者は、相応の実力を持った大人であり、大人として当然の自立心を持っている。


(我にできる仕事はあるだろうか? 実力的にハンターならやれそうであるが、国家試験を受けねばハンターには成れぬ。ハンターの勉強の為に学校に通わねばならないし、そうなると増々ユーリおば様に頼る事になる。それは如何なものか)


 魔王は悩んでいた。

 もしもである。もしも肉体が若返っておらず、精悍な美青年のままであったなら、1人で生きて行く方法は無数にあっただろう。


 けれど原因は不明なものの、肉体は若返がえり、自分がもっとも嫌悪した男の娘お姫様に戻ってしまっているのだ。こんな姿では、32歳のおっさんだと言っても誰も信じない。仕事を探そうにも、雇ってもらえない。


 新日本国は法律も道徳も行政も警察機構も魔王国とは比較にならないほど先進的で規律が行き届いている。

 少女が1人、宛もなく街を彷徨っていれば、誰かが警察や行政に通報して保護される。

 保護されれば世間の世話になるという事。

 自立とはほど遠い。


「はぁ〜、いかんともし難い」


 溜め息をついても始まらない。

 今日のお昼は外に出て焼肉ランチである。

 朝、少し複雑な雰囲気のユーリから誘われたのだ。


「昨夜エミリオから連絡が来て、明日の土曜日にリムを訪ねてお客が来るそうだ。お昼に焼き肉でも食べながら詳しく話したい」


 新日本国で魔王リムリアスを知る者はいない。

 お客となればエミリオの関係者だろうと魔王は考える。


 推測するに、戸籍に関係した事柄ではなかろうか。

 戸籍を発行するといっても、魔王はこの世界の人間ではないし、自分の情報を秘匿しているので偽の戸籍をでっち上げるしか方法がない。


 エミリオの実家の権力の程を知る由もないが、魔王国では戸籍偽造は犯罪だ。

 新日本国でもおそらく犯罪だろう。

 権力と言う凶刃を振るい、魔王の為に戸籍偽造の犯罪を犯す。

 果して許されて良いものか。

 魔王も一国の王であったから分かる。

 権力の中枢にいる者が率先して法を破れば、その国家は例外なく衰退の道を辿る。


 もしも。万が一。エミリオが法を犯してまで魔王の戸籍を用意しようとするのなら。


(その時は、我がここから消えれば良い話。新日本国を出て、未知なる地を旅するのも一興か)


 全て考え過ぎである。

 法治国家新日本国。曲がり間違っても幼気な美少女を放り出したりたりはしない。


 時刻は11時55分。

 魔王は受付けに『リムちゃん只今外出中』の札を置いて席を立った。


 ◇◇◇◇◇


 焼肉『TENZIKU』高級店と大衆店の中間のお店。

 ここはランチの種類が豊富であり、女性に嬉しいレディースランチも用意されている。ユーリの行き付けのお店だ。


 個室に通され2人は向かい合って座る。

 店内は清掃が行き届いていて雰囲気は中々良い。

 魔王はメニュー表を手に取って、魔王国にはない食文化を興味深く選ぶ。


 すると『働くお兄さんのガッツリランチ』なる物に惹かれる。

 魔王は32歳の働き盛り、男子たる者ガッツリと肉を食べてモリモリと働かねばならない。


(これだ! 我はこれにしよう!)


 注文を聞きに来た女性店員に魔王は告げようとした。


「ご注文はお決まりでしょうか?」

「うむ。我は働くお兄さんの……」


 刹那、魔王の言葉はユーリによって遮られる。


「レディースランチ2つ」

「かしこまりました。レディースランチお2つですね」

「くっ!」


 魔王の想いは打ち砕かれた。


「さて、リム」

「……うむ」


 ユーリは改まって魔王と目を合わせる。


「エミリオから連絡があって、リムの身内を名乗る家が現れたそうだ」

「なんとだ!」


 晴天の霹靂。そう言わずしてなんと言おう。

 魔王は異世界人なのだ。

 この世界、地球とは無縁の存在なのだ。

 だから絶対に、新日本国に身内などいるはずがないのである。


「その家は新日本国の四名家の一つ、藤家だ」

「藤家とな?」


 少々混乱しながらユーリの話に集中する。


「エミリオと奴の実家桜家は、リムが高レベルの超能力者だから、藤家が利用しようとしているのではと疑っている」

「超能力(魔法)が使えるのは利用価値があるのか?」

「ヒーリング能力がね」


(聖属性魔法が貴重なのは世界が違っても同じか)


「治療装置は大型で移動に難があるし、全ての怪我や病気を瞬時に治せる訳でもない。その点、高位のヒーラーが使うヒーリングは怪我病気共に有効で、治りも早いと来ている。呼べば身一つで現場に来れるし、権力者の薬箱的な扱いをされる事が多い」


 現在、藤家に高レベルヒーラーが1人おり、彼女の力で藤家は政財界に強い発言力を持っていると言う。


「理解した。何処からか、我を知った藤家が身内だと偽っていると。それで?」

「それで、桜家は藤家にリムの身内だという証拠を出せと迫った。すると」


 ユーリは困った様子で目を逸らし、一拍置いて続ける。


「藤家の人間がリムと直接面会すれば、それが証拠になると強気に出たそうだ」


 魔王は転移の後遺症で記憶を失っている。

 そういう設定に魔王自身がしている。

 記憶がないのをいい事に、藤家が魔王を奪おうとしている。

 エミリオはそう考えて怒り心頭だという。


「リムはどうだい? この数日で思い出した事はあるかな?」


 ユーリの問に、魔王は顔を伏せて黙り込んだ。


(エミリオは悪い奴が我を狙うと言っていた。これがそうなのだろうか?)


 藤家など知らない。知っているはずがない。

 ならばエミリオの予測通り、悪者が魔王の力を狙っている。

 そう考えるのが妥当な線だ。


「いや、新しく思い出した事はない。藤家などまるで記憶にない」


 ユーリは「そうか」と呟いて、更に困り顔となる。


「如何した、ユーリおば様?」

「実はね、リム」


 ユーリが切り出そうとしたその時。


「お待たせ致しました。こちらレディースランチになります」


 女性店員がレディースランチをテーブルに置いた。

 カルビと牛タン。ご飯とワカメスープとキムチの小鉢とデザートの杏仁豆腐の小鉢。


「わ、わ、わぁ〜! おば様、美味しそう!」


 魔王はこれまでの話の内容が一瞬で吹き飛とんで、焼肉の虜になった。

 魔王は案外、食いしん坊なのだ。


 女性店員は、向日葵の様に咲く魔王の食いしん坊笑顔に「うふふ」と笑いを抑えられない。

 ユーリも焼肉と魔王と、どちらを先に食べるべきか困惑してしまう。


「ではごゆっくり、ご堪能下さい」


 女性店員が去る。フリをして、物陰から魔王をチラチラと見ている。他の店員もやって来て、スマホで隠し撮り。(隠し撮りは犯罪)


「食べながら話そうか」

「うん! たびる!」


 熱せられた網に、カルビをジュワワ〜!

 上質の脂が溶ける甘い香り。

 これは良い槍牛のカルビなので、焼き過ぎは失礼にあたる。

 両面にサッと熱を通し、薄く色が変わればそれが食べ頃。

 網から上げ、白米に乗せ、巻き、口へ運ぶ。


「はふ、はふ、あふぅ〜ん♡」


 今、魔王の口内は幸せ。それだけ。


 閑話休題それはそれとして


「私の苗字は大太羅だいたらと言うんだ」

「モグモグ」

大太羅だいたらユーリ、それがフルネーム」

「パクパク」

「大太羅家は代々、藤家と深い繋がりがあってね」

「ゴックン」

「簡単に例えると殿様と家臣かな。それとかな〜り遠い親戚関係なのさ」

(あ、このキムチ、辛いけど美味しい)

「だからと言って、藤家の味方をしてリムの不利益になる事は絶対にしない。リムは私が守ってみせる」

「モグモグ、ジュルル〜」

「でもね、藤家は私の知る限り、悪事に手を出す家じゃない。まして、嘘をついてリムを手に入れようなんて、そんな酷い家じゃないはず。……なんだ」

(杏仁豆腐うまっ! 芋左衛門殿に作ってもらおう)

「それで明日だけど」

「おば様、食後のアイスコーヒーを頼んでもよろしいかしら」

「え? あ、うん。良いけど」

「すいません、アイスコーヒー下さい。砂糖とミルクをたっぷりで」

「かしこまりました〜、少々お待ち下さ〜い」

「おほん! それで明日、桜家当主、桜福次様と息子のエミリオ。藤家相談役と当主の長男がリムに会いに来る」

「アイスミルクコーヒーです。ごゆっくりどうぞ」

「へ? 我が頼んだのはアイスコーヒーの砂糖とミルクたっぷりなんですけど?」

「はい。こちら、アイスコーヒーの砂糖とミルクたっぷりのアイスミルクコーヒーになります」

「あ、そうか。アイスコーヒーのミルクコーヒーはアイス砂糖ミルクなのか。うふふ。うっかりしちゃった」

「まあ、お嬢様はうっかりさんですね、うふふ」

「良くお聞き、リム。明日の面会で、リムの記憶が戻らない場合、リムは桜家の養子という形をとって戸籍を作成する」

「ゴクゴク、ゴクゴク。甘〜〜い♡」

「もしもリムの記憶が戻って藤家との繋がりが証明されれば、リムは晴れて藤家の人間。つまり、本当の意味で私の遠縁になる。分かったか」

「ぷはぁ〜。おば様、ご馳走様でした」

「おい、聞いていたのか?」


 魔王は焼肉を堪能した。

 紙ナプキンで口を拭き、満腹で膨らんだお腹を擦る。

 するとバッグに入れたスマホが「きゃるる〜ん」と着信音を響かせる。カンナからの返信だ。


【はろはろリム。今日の給食はタケノコの炊き込みご飯と、タケノコとシイタケの煮物、芋茎のお味噌汁と、デザートに胡麻揚げ団子でござった。リムは何食べた?】


 魔王はスマホをピコピコ。すぐさま返信。


【羨めカンナ! 我はなんと、焼肉TENZIKUでレディースランチでござる。槍牛カルビと槍牛タン食べんし。美味、美味、わはは(笑)】


【(笑)じゃねぇ! 裏山、裏山、裏飯屋。私も食べたい! 明日一緒にTENZIKUランチ行こう! 土曜日だし、ランチならお小遣いで無問題! どうじゃな?】


【明日マジメンゴ。(涙)なんか、エミリオの馬鹿が我に会いたいって人を連れて来るみたいな? マジめんどい。マジカンナと焼肉ランチの方が1000倍良い】


【会いたい人ってなんぞ? エミリオさん関係なら、親とか?】


【正解。エミリオ父登場っぽい。よく分からん、でも大事な話らしいぞよ】


【うっそ! エミリオ父参上とか、もしかして娘さんを僕に下さい的な!】


【カンナ、それ逆(笑)どっちが娘さんやねん!】


【(笑)(笑)エミリオが娘さん。リムがエミリオ父に息子さんを下さい来た〜!】


【来てない、来てない、妄想はやめい!(笑)】


【メンゴ、メンゴ(笑)それじゃ、エミリオ父の参上目的が分かったら連絡よろ。そしてご婚約おめでとう】


【婚約ちゃうわ! たぶん真面目な話されると思われ。あぁ〜、めんどい】


【めっちゃ気になる。続報が待ち遠しいンゴ。あ、昼休みが終わるンゴ】


【我も帰らないとンゴ。それじゃまたBOINするンゴね】


【了解ンゴね。ではサラバじゃあ〜(笑)】


【サラダば〜(笑)】


 魔王はメールを終え、何事もなかったかのようにバッグにスマホを仕舞った。


「な、なな、なんだ今のは?」

「おば様、なんだとはなんだ?」

「超高速でメールをやり取りしていたよな?」

「まあ、そうだな」

「この間、スマホを買ったばかりだぞ?」

「まあ、練習したから」

「……練習」


 若さゆえの吸収の速さ。

 ユーリは愕然すると共に、若さに嫉妬する。


「畜生、私にだって若い時はあったんだ。今だって、まだまだイケるんだ。スマホで高速メールくらい……」


 試しに美和へメールを送る。

 内容は、本当にどうでもよい雑談。

 なので高速メールラリーをしたくても、相手の美和はスルーして応じてくれない。

 いくら待てども、返信は来ないのだ。


「くっ! 美和の奴め! ボーナス査定で目にもの見せてくれるわ!」


 ユーリは1人でブチ切れ、逆恨みでヤケ食いをする。

 魔王は好機とばかりに追加でレアチーズケーキを頼み、明日の面会に備えて英気を養うのであった。




 ダイダラボッチ。

 大太羅法師。

 つまり巨人。


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