幕間 脱糞大学生の最後
評価、リアクションを下さった方々、本当にありがとうございます。
この場を借りて深くお礼申し上げます。
ある日の事。
魔王とカンナは2人でお買い物を楽しんだ。
筑波ハンター都市は治安の良い街だ。
日中、美少女が2人きりで人の多い場所を歩いても、なんら問題はない。
ユーリ支部長も、カンナの両親鈴木夫妻も、魔王の世話役伊藤美和も、ハンター協会の側にある商店街に危険が潜んでいるなど考えていなかった。
魔王とカンナはドラッグストアでコスメを物色。
あのメーカーは良い。
どのメーカーは安いけど肌に合わない。
あの口紅は自然な色合いで良い。
あの色だとプールから上がった直後の唇の様だ。
あのマニキュアはラメがキツすぎないか。
ネイルデコでモリモリに盛ったら可愛い。
アイシャドウは必要だろうか。
付けまつ毛が長くなりすぎて笑える。
などなどを話しては店を冷やかす。
お昼になれば有名ハンバーガーチェーン店でデカいハンバーガーをセットで頼む。
大人の男でも満足するデカハンバーガー。
もしも恋人とのデートなら、絶対に頼まないデカハンバーガー。
気の置けない女の子同士だから、冒険心を羽ばたかせてチャレンジするのである。
「美味し〜ねリム!」
「うむ。バンスがふっくらしていながら噛み応えもある」
「バンスの外側は少し硬いのに、中はしっとりしてふわふわ。それで噛み応えがあるのだよ。どうやって焼くんだろうね?」
「よほどのパン職人の技であろう。一子相伝秘伝の技術に違いない。一目会ってみたいものだ」
「作るのは機械とAIだと思うけどな」
「ミートパティも味が濃いよね。凄く肉肉しい」
「肉汁が零れている。服を汚さぬよう、テーブルナプキンを使うのだ」
「リムって食事のお行儀が凄く良いよね。やっぱり上流階級の育ちなの?」
「育ち云々よりも、マナーに厳しい環境に長くいたのだ。気にするな」
「それって上流階級なんじゃない?」
「ポテトも美味しい。ポテトって、油で揚げて塩を振ってるだけなのに、食べ始めると手が止まらない」
「うむ。ポテトは魔性の食材だな。それとこの飲み物、シュワシュワの『ドクペ』がハンバーガーとポテトによく合う」
「でしょ! ジャンクフードにはドクペだよね!」
デカハンバーガーに満たされ、午後には可愛い小物や文具を探してファンシーショップへ。
ディフォルメされた動物キャラクターがプリントされた文具や食器。
実用性よりも可愛らしいデザインに重きを置いた日用雑貨やカバンやバッグ。
ちょっと背伸びしたい女の子のための安物の化粧品セットや玩具の様なアクセサリーや髪留め。
年相応なそれらに、これが似合う、それは派手すぎる、カンナはボーイッシュだからこれがいい、リムは清楚だからこっちが似合う。
まるでオモチャ箱に迷い込んだ妖精達の戯れのような、ありふれて平穏な美少女達の暇潰し。
やがて夕方。
4月の関東平野の日の入りは18時頃。
家に帰る頃には辺りは暗くなるだろう。
2人は楽しい時間に後ろ髪を引かれながら帰路につく。
裏通りは避けて、大通りの広い歩道を並んで歩く。
今日の戦果はお小遣いで買える範囲のささやかな日用雑貨やお菓子。
魔王とカンナはそれらを宝物のように抱えて、この先も同じ明日が来る事を疑いもしない。
しかし悪意とは、常に美少女の側にある物だ。
「おい、カンナ」
カンナを呼ぶ若い男の声。
夕方の大通りは歩行者も車も多い。
犯罪を犯すのに適切な場所や時間帯ではない。決して。
「ユ、ユウスケ?」
魔王とカンナの行く手を塞いだのは脱糞大学生である。
脱糞事件以来、カンナに一切、連絡を寄越さなかった脱糞。
カンナの中では終わった事だった。
脱糞ユウスケとの縁は切れた。
もう二度と会うことはない。
と言うか、衆人環視の中であれ程の脱糞をしたのだから、筑波ハンター都市に居られないだろうと思われていた脱糞。
その脱糞が、険しい顔で現れた。
「話がある、来いよ」
脱糞がカンナに迫る。
怯えるカンナ。
今更、何の目的でカンナに近づくのか。
いや。それ以前に何故ここにいるのか。
偶然か、必然か。
後をつけていたのか。
待ち伏せされたのか。
カンナは恐怖で身が竦んだが、同時に別の事も強く考えていた。
(リムは守らないと!)
迫る脱糞から、魔王を守るべく盾になるカンナ。
脱糞はカンナの怯えた表情を見て邪悪に笑う。
そしてポケットから小さなナイフを取り出して、他の通行人から分からないようにカンナと魔王にチラつかせた。
「向こうに車がある。来い」
小声で、けれど威圧的にそう告げる。
「や、やだよ」
震える声で拒絶するカンナ。
「抵抗したら刺す。声を出しても刺す。死にたくなかったら言うことをきけ」
脱糞の目は血走っていた。
更に股間が膨らんでいた。
興奮して息が荒く、ケダモノの口臭が風に乗って2人の鼻をつく。
「なんなのよ、なにをするつもりなのよ、なんで私なのよ」
カンナは叫びたい気持ちを抑えて、泣きたい衝動を堪えて反論する。
何故、何故、何故。
どうして何もしていない自分に執着するのかと。
「うるせぇ、俺に恥をかかせやがって」
「恥って、私は何もしてないじゃない」
「俺を見捨てて逃げただろうが、彼氏の俺を」
「か、彼氏じゃない、私は付き合うなんて言ってない」
「黙れよカンナ。お前と、そっちのお姫様は俺の女にする。これからホテルに行って、2人まとめて犯してやる。その様子を撮影して、一生俺に逆らえないようにしてやる」
あまりにも身勝手で邪悪な思考。
相手の意思や人権や尊厳など、脱糞には取るに足りない些事なのだろう。
全て自分。自分こそが世界の中心。自分は全能であり、自分が目を付けた対象はすべからく自分の所有物。
「く、狂ってる」
「今すぐここで殺してもいいんだぞ。俺の奴隷になればたっぷりと可愛がってやる。抵抗すればお前らの人生は今日で終わりだ」
脱糞の目がスッと細まった。
この男は本当にやる。
カンナは直感的に悟り、そして覚悟を決める。
「分かった、私が行くからリムは見逃して」
逆恨みとはいえカンナから始まった事態である。
(リムは巻き込めない。死んでも守ってみせる!)
殺されてもいい。魔王の盾になって、大声で助けを呼んで、脱糞を止める。
カンナは震える体に喝を入れ、脱糞に向かって一歩踏み出そうとした。
その時。
「下郎、お前はもう消えろ」
カンナの後から魔王が囁く。
小鳥がさえずるが如く、小さく良く通る声で。
「あぁっ!」
「我が友カンナに対する狼藉許し難し。万死に値する」
「テメェ、死にてぇのか!」
「貴様が死ね(社会的に)下痢便」
魔王は悪魔的対人攻撃魔法を発動。
ギュグルルルルルルル〜ル!
「はうあっ〜! は、腹が痛ぇ〜!」
ここから先は、詳細に表現せずとも良いだろう。
とにかく、お尻の部分がズボンの上からでも分かるほど、こんもりと膨らんで異臭を放つ。
そう捉えてもらって構わない。
ドパッ〜ン! ブリブリブリブリブリブリブリ〜!
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜!」
天地神明を見届人として、今世紀最大規模の見事な脱糞事件が、筑波ハンター都市で発生した。
「くっさっ! おぇ〜! 臭っ!」
「見るなカンナ〜! 頼むから見ないで下さい〜! 匂いを嗅がないでぇ〜!」
脱糞は道路に転がり、海老の如くビクビク震えながら脱糞を繰り返した。
異常事態に気が付いた通行人が足を止め、脱糞を取り囲む人垣が出来上がる。
ただし、誰も彼も一定距離以上は近づかない。
脱糞が危険で汚い事を、全ての者が見ただけで見抜いているからだ。
「なんなのよ! この前といい、今といい、なんで脱糞するのよ!」
カンナには理解不能な出来事。
助けを求めて魔王を見る。
「もう大丈夫だカンナ。我を庇ってくれてありがとう」
落ち着き払った魔王は微笑み、カンナを優しく抱きしめた。
魔王の温もりに安心するカンナ。
同時に不思議と、脱糞を脱糞させて自分を守ったのは魔王ではないか。そんな考えがよぎる。
「まさか。この脱糞はおそらく、『ストレス性急性便意脱糞症』だろう」
「え? きゅうせ、だっぷ、なんだって?」
「ストレス性急性便意脱糞症。一度発症すると、ストレスを感じるあらゆる場面で脱糞を繰り返す不治の病だ」
「なにそれ! 怖っ!」
魔王は適当に病名をでっち上げた。
カンナは何となく納得した。
「警察とユーリおば様に連絡しよう。それでコイツは終わりだ」
魔王は歩道を転げ回る汚物を冷たい目で見下ろす。
友人のカンナを害しようとした事、私刑を下すのにそれだけで十分なのだ。
(もはやこの地でお前に明るい未来はない。遠い彼方の地で自身の行いを反省しながらやり直せ)
カンナはスマホで警察とユーリに連絡を入れた。
警察は5分ほどで駆け付ける。
カンナ、魔王、群衆か事情を聴き取り、いまだ脱糞の収まらない脱糞から凶器のナイフを押収すると、緊急逮捕と相成った。
警察から少し遅れてユーリと美和が現場に到着。
美和は脱糞を見ると烈火の如く怒り出して警察に厳しい罰を要求する。
「お姉さん、お気持ちは分かりますが、刑は裁判で決まりますので本官達にはなんとも」
「なに寝ぼけた事を言ってんだっぺよ! 可愛い妹達が殺される所だったんだべよ! こんたら脱糞男、殺処分だべ!」
美和の怒りはもっともである。そして気持ちはユーリも同じ。
「私は筑波ハンター協会支部長のユーリだ。この娘達の保護者として、徹底的な余罪の捜査を依頼する」
2メートル超えの巨乳美女からの威圧は警察官でもビビる。
「はっ! 署長に報告して、最善を尽くさせて頂きます!」
最敬礼で応える警官達。
脱糞が臭汚いのでパトカーには乗せられず、徒歩で連行される脱糞。
こうして脱糞大学生ユウスケ事件は終息したのである。
◇◇◇◇◇
「ところでユーリさん、美和さん」
事態が落ち着いた時、街には夜の帳が下りていた。
カンナは脱糞以上に先ほど気になった魔王の問題を大人2人に問い掛ける。
「リムにスマホを持たせないんですか? 中学生なのにスマホを与えないのは酷いと思います。すぐにリムのスマホを買ってあげて下さい」
年頃の娘にスマホ無し。
これは許されざる大人の怠慢である。
ユーリと美和は魔王にスマホを与える事を即決したのであった。
今の時代はねぇ〜、子供にスマホを持たせないと虐待とか言われちゃうんですよ。
自分が高校生の時はね、ガラケーは高校生以上からってのが一般的。それも家庭の事情によってだから必須ではなかったですねぇ〜。ポケベルとかPHSとか、まだギリギリあったし。アルバイトしてガラケー買って自慢する奴がクラスに何人もいました。時代の変化って怖い。




