16話
「この娘は鈴木夫妻の一人娘、カンナちゃん中学生3年生だっぺ」
美和の運転する4WD魔力自動車。
ハンター協会へと帰る車内。
魔王とカンナは後部座席に並んで座っていた。
「それでカンナちゃん。あの脱糞大学生は誰? 学校サボって何するつもりだったべさ」
「……話したくない」
「黙秘は通用しないべ。鈴木さんは今日、事務所待機だから、カンナちゃんをこのまま事務所に連れて行って引き渡すっぺ」
「……くそ。ついてない」
「何が『ついてない』だ。私達が偶然居合わせなかったら、脱糞にホテルさ連れ込まれて酷い目に遭わされてた所だべよ」
「…………くっ」
言葉に詰まるカンナは、なんとSランクハンター『大鷹の宗』とキャサリンの娘。魔王はその事実に少なからず驚いていた。
(父親から引き継いだのは髪の色だけか。ほぼ母親似の美少女ではないか)
ドワーフっぽい父親の要素は見当たらない。
エルフっぽい母親にはよく似ている。
不貞の子だと言われたら、信じる自信がある。
「ジロジロ見ないでよ。アンタは誰なのよ」
車内の雰囲気と不躾な魔王の視線に耐えられなくなったカンナは話題の変更を求めて魔王に噛み付いた。
自分の素性ばかり明かされて不公平だ。お前は何処の誰さまだ。という話。
「これは失礼した。我はリムリアス。訳あって、今日からユーリおば様の元で世話になる。聞けばカンナ殿は鈴木夫妻の娘子とか、これから関わることもあろう。良しなに頼む」
「変な話し方。私を馬鹿にしてんの? ちょっと可愛いからって調子に乗ってんの?」
「む。変であろうか? 我は昔からこの口調だが、変と言われたのは初めてだ」
「変だよ。絶対変。どこのお姫様って感じ。馬鹿じゃない。カッコつけてるつもりなの」
カンナは腕を組んで顎をしゃくり、魔王を見下した。
見下す根拠は「話し方が変」たったそれだけ。
とても幼稚で相手にする価値もないが、本人は話題の変更に成功したとほくそ笑んでいる。
「そうか。おかしいか。ならばカンナ殿が話し方を教えてくれぬか。我にはこの辺りの普通が分からぬのでな」
「はぇ? え、教えるの? 私が? 話し方を?」
「うむ。難しいであろうか?」
カンナは魔王が怒ると思っていた。
もしくは気分を害して黙り込むと。
そうなれば自分の勝ちだと思ったのだ。
突然現れた、素性不明の超美少女に勝てると思ったのだ。
「あ、あんたさ」
「うむ」
「私と同じくらいの歳だよね?」
「32歳だ」
「なにそれ、ギャグのつもり」
「いや、32歳だ」
真顔で32歳を繰り返す魔王。
カンナはつまらないギャグに呆れ、逆におかしくなった。
「ぷっ! あはははは! 変な娘、あんた変だね!」
「こちらの常識を知らぬのだ。ご容赦願いたい」
「あはははは! 美和さん、なんなのこの娘、変なの!」
カンナはつい先程、自分の身に迫った貞操の危機を忘れて大笑いする。
魔王はその姿に怒ることはなく、逆に美和は眉間の皺を増やしていた。
「カンナちゃん! リムちゃんを馬鹿にしたら許さんべ。鈴木さんにこってり絞ってもらうからな!」
「うぐっ。……それは勘弁してよ、反省してるから」
「なら、何があったのか正直に話すべ!」
カンナは観念して渋々と語り出した。
脱糞大学生ユウスケとは、先輩の紹介で過去に2回遊んだ事がある。その時は男女混合のグループ交際だったので特に身の危険はなかった。ただ、ユウスケがやたらと馴れ馴れしいので自分に気があるなとは思っていた。
「それで、3回目は2人きりで遊びに行きたいって言われて、大学とバイトの関係で平日しか会えないからって言われて、それで今日モールに行ったらさ、イキナリ告白されて、そのままホテルに行こうってしつこくされて、どうやって逃げようかと考えてたらあんな事になったの」
未熟な子供にありがちな危険であった。
悪い大人はこうやって、背伸びしたい子供の心を悪用して食い物にし、自分の欲望を満たすのだ。
脱糞大学生に比べたら、YESロリータNOタッチを貫くエミリオのなんと紳士的な事か。
(いや、エミリオは我の体をベタベタと触っていたな。奴にも『下痢便』を食らわすべきか)
魔王は痴漢や強姦魔を許さない。
エミリオもギリ、その仲間に入りそうだ。
閑話休題。
「美和お姉ちゃん。カンナ殿の年頃なら間違いの一つやニつあって当然。ここは少しばかり話を作り変えて鈴木夫妻に伝えてはどうだろう。ありのまま話すのは可哀想だ」
強姦大学生の口車に乗って、危うく処女を散らす所でした。
そんな話を両親にしても嫌な思いをするだけだ。
「カンナ殿は中学校とやらを1人でサボり、モールとやらで遊び歩いていた。そこを悪い脱糞に目を付けられ、困っている所を偶然、美和お姉ちゃんが助けた。それで良いのではないかな?」
少し内容を変えるだけでカンナの印象はぐっと良くなる。
悪いのは脱糞大学生。奴は平日の昼間から少女を狙う性犯罪者。ほぼその方向で間違いないし、多少の嘘は方便である。
魔族の諺にもある。
『死にゆく猫には嘘でもチュルチュルをあげると言え』
つまり、真実が必ずしも幸せを呼ぶとは限らない。
時には嘘も優しさであるという意味だ。
「んだな。幸い未然に防げたし、私がキツ〜くお説教して、後はあやふやにすっぺか」
「そうして貰えると助かる。ありがとう美和お姉ちゃん」
カンナの為に美和を説得して、頭まで下げる魔王。
いくらなんでも初対面の他人に干渉し過ぎではないか。
カンナはそう思い、少し不機嫌になった。
素直に感謝できない反抗期の子供なのだ。
「勝手に話を纏めないでよ。そっちは恩を売った気でしょうけど、私はお礼なんて言わないんだからね!」
少々、棘のある言い方である。
喧嘩を売ったと思われても仕方ない態度だ。
カンナは言葉を発してから、言い過ぎたかなと、後悔する。
だが。
「そうだな。カンナ殿の言う通り、出過ぎた真似をした。我の越権行為だ。すまぬ」
魔王は膝の上で手を揃え、背筋を伸ばして座ったまま腰を折って頭を下げた。
烏髪がさらりと肩から落ちて、えも言われぬ花の香りがほのかに薫る。
「な、なんでそっちが謝るのよ!」
「カンナ殿にはカンナ殿の考えがあろう。それを配慮せず、大人の目線で話を進めた事は、確かに礼を失する事だ。このリムリアス、この歳になってカンナ殿に教えられた。かたじけない」
言っている意味はカンナにはちんぷんかんぷんだった。
それでもこの瞬間。
険しい断崖絶壁に咲いた一輪の百合の花の如き魔王の笑顔が、カンナの心臓をバキュンと撃ち抜いたのである。
「あの、えっと、うん……」
「どうした?」
「その、あのね……」
「うむ」
「……少しだけ言い過ぎた。助けてくれて、ありがとう」
耳まで真っ赤になった顔を見られまいとそっぽを向いたカンナ。消え入りそうな声で呟いた「ありがとう」は、確かに魔王の耳に届いていた。
「でも、あんたも子供じゃん」
「……32歳だ」
「まだ言うか」
◇◇◇◇◇
3人がハンター協会に着いたのは丁度3時の休憩時間。
美和はカンナと魔王を連れて鈴木夫妻とユーリ支部長へ報告へ向かう。
車の中で簡単に連絡を入れておいたので、談話室に集合となっている。
「あ〜、やだ! 絶対に怒られる!」
カンナは魔王と腕を組んで歩く。
「カンナ殿、サボりの事実だけは庇えないのだ。素直に怒られよ」
「もぉ〜! そのカンナ殿ってやめてよ。カンナって呼んで。ね、リム」
「む、そうか?」
「言葉遣いを教えて欲しいって言ったのはリムじゃん。普通の女の子は殿なんて言わないんだからね」
移動時間の間に魔王に懐いてしまったカンナである。
見た目的に歳が近いと思われる魔王から殿付けで呼ばれるのは奇妙であり、どこのお嬢様なのか。という話。
「では、カンナ」
「うん、リム」
「年若い娘が家族以外とベタベタするのははしたないぞ」
女の子と偽っても魔王は男の子だ。
可愛い女の子と腕を組み、おっぱいが当たれば感じる所もある。
「女の子同士じゃん。全然、普通だよ。それともリムってもしかして、本当にお姫様なの?」
魔王は王である。断じてお姫様ではない。
そう、主張できない今の自分がつらい。
「女子との触れ合いに馴れていないのだ。恥ずかしいから離れて欲しい」
「駄〜目! 私が怒られる時には隣にいてよね!」
「……むぅ」
そんなこんなで談話室。
昨夜、魔王も利用した部屋だ。
「カンナ! アンタって娘は!」
ドアを開けて一番、キャサリンの怒声が響いた。
「マ、ママ! 許して!」
談話室の中にはユーリ支部長、鈴木宗矩、キャサリンが怖い顔で待っていた。
簡単な事情は伝えてあるので、中学校をサボって脱糞大学生に絡まれたのは周知済み。
宗矩は腕を組んで目を閉じ、黙ってソファーに座っている。
キャサリンはカンナを見るなりガミガミと早口で捲し立てる。
ユーリは早速トラブルに巻き込まれたな。と、苦笑いだ。
「美和さんとリムちゃんが居なかったら、アンタ誘拐されてたかもしれないんだよ! どうして学校サボって1人でショッピングモールに行ったのよ!」
母親が娘を案じるのは当然。
心配故にヒステリックになり、口調が荒くなるのも当然。
カンナが罪悪感と恐怖から、魔王の背中に隠れるのも致し方ない事である。
「まあ、まあ、キャサリン殿。お説教なら美和お姉ちゃんが車の中で十分にしたのだ。本人も怖い思いをして反省しているし、ここは我に免じて抑えてくださらぬか」
魔王が少女らしからぬ口調で仲裁に入る。
「ンもう! この娘ったらリムちゃんを盾にして!」
「ごめんなさいママ。もうサボったりしないから許して」
カンナは魔王の後から両手を合わせて謝罪した。
すると今まで沈黙していた宗矩が口を開く。
「カンナよ」
「……パパ」
「俺も子供の頃はやんちゃした。夏になるとキングオオクワガタを捕りたくて、下妻森林に勝手に入って魔獣に追っかけられて、助けてくれたハンターに滅茶苦茶怒られた事もある」
「そ、そうなんだ」
「子供なんてそんなもんだ。幼さ故に危ない事をして親を心配させる。だがな」
宗矩はギラリとカンナを睨む。
「無事だったのは運が良かっただけだ。少し歯車が狂えば死んでいた。カンナは今日、運が良かっただけ。その事を肝に銘じろ。良いな」
「……はい」
お説教はそれで終わり。やはり父親は強い。
「美和さん、リムちゃん、うちのカンナが迷惑をかけてごめんね。家でもよく言って聞かせるから」
キャサリンの謝罪に、魔王はカンナを弁護する。
「カンナは迷子の幼子を助けようとしていた。その子が迷子だといち早く気が付き、誰よりも先に手を差し伸べた。とても優しい娘だ。お二人の育て方が良いのだろう。我は感心した」
「まあ、そうなの?」
カンナは「うんうん」と頭を上下させてアピール。
魔王の話を聞いた宗矩は愛娘の優しい一面を知り、密かにニヤニヤとして機嫌が良くなる。
「おい、カンナ」
「なに? パパ」
「今日は18時上がりだから、一緒に帰って外食するぞ」
「外食! 良いの!」
「焼肉を食おう。ガッツリと肉が食いたい気分になった」
「やった!」
なんだかんだで仲の良い親子である。
魔王の心はほっこりと温かくなり、同時に一つの疑問が生まれる。
「宗矩殿とキャサリン殿は事務所待機と言っていたな。狩りには行かないのか?」
ハンターは魔獣を狩って素材を売り生計を立てる。
事務所で待機しては稼ぎにならないのではという話。
その疑問に答えるのはユーリ支部長だ。
「戦闘機乗りは殲滅専門なんだ。強い魔獣が現れた時にだ、地上部隊の到着が間に合わない、もしくは地上戦力で対抗できない、そんな時に現場に急行して、空から大火力で魔獣を狩る。それが戦闘機乗りの役目なんだよ」
「なるほど。では、倒した魔獣の素材はどうなる?」
「回収できないよ。だから殲滅専門ハンターは素材で稼ぐのではなく、ハンター協会と特別契約を結んで緊急事態に備えて待機してもらっているわけ」
話の内容は理解できる。
けれど魔王には飛行機が理解できない。
空を飛ぶといえば、熱気球しか知らないからだ。
「分かった事にしておこう。いずれ飛行機を見てみたいものだ」
魔王は自由自在に空を飛ぶ熱気球を夢想しながら瞳を閉じる。するとカンナが我が意を得たりと魔王に抱きつく。
「リムは飛行機知らないんだ。ならさ、パパとママの飛行機を見せてもらえばいいよ。ね、良いでしょパパ!」
魔王にべったりと仲良しのカンナ。
新たな友を得た愛娘の願いを拒否できる父親などいないのだ。
「まあ、今度な。ユーリ支部長の許可が出れば乗せてやっても良い」
「やったねリム! うちの親は凄いんだから!」
「かたじけない、カンナ」
「変な言い方。ねぇリム。18時まで暇だから、リムの部屋に遊びに行っても良いかな?」
「我の部屋か?」
そこは間借りした部屋であり、魔王が好き勝手にして良い場所ではない。
他者を入れて良いものかと悩み、ユーリと美和の顔を見る。
「良いよ、そうしな。さっそく歳の近い友達ができて、おばとして嬉しい限りだ」
「ユーリおば様、かたじけない」
美少女2人の運命的な出会いに、ユーリの笑顔は慈愛に満ちていた。
が、おば設定を既成事実化しようとする思惑も透けて見える。
「購買でお菓子を買って楽しめば良いっぺ。私は仕事に戻るけど、今日買った服の試着写真の撮影、カンナちゃんに頼むべな」
「む? 店でも試着したではないか。また試着するのか?」
「んだよ。コーディネートの可能性を検証するんだっペ」
大量に購入した服。その組み合わせは無限にあると言っても過言ではない。店舗のマネキンを飾っていた組み合わせに捕らわれず、新たなオシャレを探求してこそ真の女子なのだ。
「その役目、うけたまわり〜! 行こうリム!」
カンナは魔王の手を引く。
魔王は戸惑いながらもまんざらではない。
(カンナと出会えたのは僥倖。脱糞大学生に少しは感謝するか)
何度でも言うが、魔王は女の子が好きだ。
百合とかではなく、女の子が好きなのだ。
なのでカンナと繋いだ手の温もりに、感じる所があるのだ。
◇◇◇◇◇
2人が去った談話室。
残された大人4人はソファーに座り「ほぅ」と溜め息をついた。
「忙しいのに手間を取らせてすまないユーリ支部長」
ドワーフっぽい鈴木宗矩は改めて謝罪。
「俺らは夫婦共働きだ。休みも交替制で決まってるわけじゃないから、世間の休日にカンナを1人にする事も多々ある。精一杯やって来たつもりだったが、やはり寂しいんだろう」
鈴木夫妻は複座式の魔力レシプロ機を愛用している。
常に夫婦揃って行動するため、子育てではどうしても手が回らない部分が出てしまう。
なので今回のサボりは、反抗期の子供が寂しさを行動で表した、一種のSOSだと考えた。
「ハンター協会としても、鈴木さんにはもっと配慮するべきだった。こちらこそ申し訳ない」
ユーリも子育て世代に配慮が欠けていたと謝罪。
今後は他の戦闘機乗りと密に連携して休日のシフトを考慮すると言う。
「ところでリム嬢ちゃんは大した娘だな。うちのカンナがすっかり懐いてしまった」
「がはは」と大きく口を開けて笑う宗矩。
キャサリンも夫に同意するとユーリに尋ねる。
「ユーリ支部長、リムちゃんはカンナと同じくらいの歳よね?」
「ん? あ、うん」
「しばらく預かるって話だけど、長くなるなら学校へ通わせないと駄目じゃない?」
「あ、学校。そうか、そうだな」
「どこの中学かしら? 支部長の親戚なんだから、やっぱり公立じゃなくて、カンナと同じハンター養成学校中等部に入れるのよね?」
ハンター養成学校はハンター協会が運営する中高一貫校である。
ハンターは強力な武力を個人所有するため、能力以上に人格面と素性が重視される。また国家資格でもあるため、専門教育を受けていないと一発合格は難しい。
協会は心技体揃った将来のハンターを育成し、魔獣の脅威から人間のテリトリーを守ると共に、協会そのものの利益拡充を目指して専門校を運営するのだ。
「リム嬢ちゃんがカンナの同級生になったら心強い」
「ね、ダーリン。そうだよね」
鈴木夫妻は是非そうしろとユーリに迫る。
「えっと、どこの中学に行かせるか、リムの実家に問い合わせてみるよ。……うん」
子供を預かるというのは、教育も受け持つという事。
独身のユーリは失念していた大問題に戸惑い、エミリオに緊急連絡を入れるのであった。




