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真下家での生活は単調なものだった。
朝、7時に起きればすでに出勤してきた明美によって朝食は作られており、家族と一緒に食事を取る。その後、真下家族4人は朝、柿沢の運転する車で家を出ると、深夜になるまで帰ることはなかった。そのため屋敷に残るのはいつも明美と文也の二人だけとなった。
真下家の人々は皆口数が少なく、食事中もそれ以外の時もあまり雑談に講じるようなこともなかった。そもそも一緒に過ごす時間が少なく、家にいる間はそれぞれ自分の部屋で過ごすことが多かった。
文也の仕事も想像以上に少なかった。
夕方に小雪が帰宅してからは、2時間ほど学校の授業にあわせて勉強を見ることになるが、それもほとんど教える必要がないほど小雪は頭が良かった。また、日中もさしたる仕事を命じられることはなかった。いったい何のために住み込みのバイトなど雇ったのかわからないほどだ。これではただの居候のように思えてくる。
毎日のように一日中、時間をもてあまして過ごした。
仕事がない時は自由に外出してもいいと言われているが、これほどまで仕事がないとむしろ遊びにも行きづらい。結局、自分の部屋で本を読んだり近所を散歩したりして1日を過ごした。
真下家で働くようになって1週間が過ぎようとしていた。
今日も、日曜日だというのに、家族4人はいつものように朝早くから出かけていった。
「ねえ――」
とキッチンで後片付けをする明美に声をかける。「何かすることありますか?」
「いいえ、ここは私だけで大丈夫ですよ」
「じゃあ他は?」
「さあ……私は三里さんに仕事を言いつけるような立場じゃないんでなんとも……」
皿を洗いながら明美が答える。
「僕、ここに来てからほとんど仕事してる感覚ないんですよね」
「何か沙織お嬢さんに言われたんですか?」
振り返って明美が聞いた。
「いや、何にも……」
「それならいいじゃありませんか。小雪お嬢様が帰られるまで自由にされてたらいいんじゃありませんか?」
「でもさ、いきなりクビなんて言われたら困るしね」
「大丈夫ですよ。三里さん、たぶん気に入られてるから」
「僕が? どうして?」
とてもそんなふうには思えない。
「どうして……ってこともないけど。なんとなくです」
どうやらまた根拠のない励ましらしい。
「そういえば旦那様は何している人なの?」
「何って?」
「仕事。何か会社でも経営しているのかな?」
「さあ……何されてるんでしょうね」
明美は洗い終わった皿を棚に戻しながら言った。
「明美さん、知らないの?」
「ええ」
軽い調子で明美は答える。
「どうして?」
「え? 知らなきゃいけませんか?」
当たり前のように明美は言う。
「じゃ、奥様は? 奥様も毎朝一緒に出かけていくってことは、奥様も働いているってこと?」
「わかりませんねぇ」
全てを片付け終わった明美は、冷蔵庫からトマトジュースを出すとグラスに注ぎテーブルに置いた。そして、席についてゴクゴクと飲み干した。
それを待って文也はさらに訊いた。
「それじゃあ沙織お嬢様は?」
「何がですか?」
キョトンとした顔で聞き返す。
「昼間、どこに行ってるの?」
「さあ……」
またも明美は首を捻る。
「何も知らないの?」
「ええ」
「明美さんって、ここに来てどのくらい経つんです?」
「そうですねえ。もう1年になりますね」
「1年? それじゃここに引っ越してきてすぐに働き始めたんだよね。それなのに明美さんはこの家の人たちが、どんな人たちで何をしているかってことは何も知らないの?」
「何か問題があります? 三里さんはどうしてそんなこと聞くんですか?」
明美は不思議そうな目で文也を見つめた。
「どうしてって……普通、聞きたくなるもんじゃないかな」
「必要ないじゃありませんか。私の仕事とは関係ないし。そういえば1年前に引っ越してきたなんてよく知ってますね」
「あ……この前、明美さん教えてくれなかったけ?」
慌てて惚けてみせる。
「そうでしたか?」
「この家の人たちがどんな人たちか知りたくない?」
「旦那様や奥様は良い人ですよ。それは十分わかりますから。それでいいんじゃありませんか?」
サバサバとした口調で言う。
「まあ……そりゃそうだけど」
「さてと――」
そう言って明美は立ち上がった。「お掃除でもしようかな」
さすがにこれ以上訊くわけにもいかず、文也はキッチンを出ると部屋に戻った。




