第19話「新たな武器」
第2章 第19話「新たな武器」
1.四人の音
――朝倉烈の家・練習用倉庫。
「――もう一回!」
藤堂隼人の声が響いた。
「おう!」
朝倉烈がスティックを握り直す。
ドラムの音が倉庫いっぱいに広がった。
ドン、タン、ドン、タン。
隼人のギターが鋭い音を重ねる。
神崎美咲のギターが、その隙間を埋めるようにコードを刻んだ。
そして、美琴のベースが三人の音を下から支えていく。
四人編成になったNOIZ JACK。
夏のライブを終え、彼らは次の目標に向けて練習を続けていた。
「ストップ!」
隼人が手を上げた。
音が止まる。
「……うーん」
腕を組み、少し考える。
「悪くはないんだけどな」
烈がドラムスティックを回す。
「何が悪いんだ?」
「悪いっていうか、もうちょっとギターの音を前に出したい」
「じゃあ、もっとデカい音で弾けばいいんじゃね?」
「お前は黙ってろ」
「何でだよ!」
「音量だけの問題じゃないの!」
美咲が呆れた声を上げた。
「隼人はギターの音をもっと目立たせたいんでしょ?」
「そうそう」
「だったら、音作りも考えた方がいいんじゃない?」
隼人は頷いた。
「……やっぱ、機材かな」
その言葉に、美琴が顔を上げる。
「機材?」
「うん。今のギターも気に入ってるけど、そろそろ新しいギターが欲しいんだよな」
隼人は自分のギターを見る。
「エフェクターも、もう少しちゃんと揃えたい」
烈が目を輝かせた。
「新しいギター!?」
「お前が買うわけじゃねぇよ」
「分かってるって!」
烈は笑った。
「でも楽器屋行くのは面白そうだな!」
美咲が小さくため息をつく。
「……本当に、そういうところは子供ね」
「何だと!」
「はいはい、二人とも」
美琴が二人をなだめる。
そして、隼人に尋ねた。
「隼人さん、お金は大丈夫なの?」
「ああ。アルバイト代、結構貯まったからな」
隼人は笑った。
「今回は少し奮発するつもりだ」
「へえ……」
美咲が興味深そうに身を乗り出す。
「じゃあ、私も行こうかな」
「美咲も?」
「うん。私も欲しいものがあるし」
美咲は自分のギターを見る。
「今のギター、音は好きなんだけど……ちょっと重いんだよね」
美琴が首を傾げる。
「お姉ちゃん、歌いながら弾くから?」
「そう。これからはギターとボーカルを両方やるから、もう少し軽くて扱いやすいのが欲しいの」
隼人が笑った。
「じゃあ、決まりだな」
「何が?」
「明日、みんなで楽器屋に行こうぜ!」
烈が勢いよく立ち上がった。
「おおっ! 楽器屋!」
「だから、何でお前が一番喜んでんだよ」
「だってよ、楽器屋ってカッコいいじゃん!」
美咲が笑う。
「烈は何か買うの?」
「いや、俺は別に……」
烈は自分の電子ドラムを振り返った。
「今のも、まだまだ練習しなきゃならねぇしな」
その言葉に、隼人がニヤリと笑った。
「……本当に、そう思ってるか?」
「何だよ?」
「いや。明日、店で分かるかもな」
「……?」
烈は首を傾げた。
隼人は何も答えず、ギターをケースにしまった。
その顔には、何かを思いついたような笑みが浮かんでいた。
2.楽器屋へ行こう!
――翌日。
駅前の大型楽器店。
「うおおおおっ……!」
烈が店内を見回した。
壁一面に並ぶギター。
ガラスケースに収められたエフェクター。
奥にはドラムやアンプが並んでいる。
「すっげぇ……!」
「お前、初めて来たみたいな反応だな」
隼人が笑う。
「初めてじゃねぇけど、こんなにじっくり見るのは初めてだ!」
「はいはい」
美咲は笑いながら、ギター売り場へ向かった。
「じゃあ、私はこっちね」
美琴も続く。
「私も弦を見たいから、一緒に行くね」
「おう。俺はギターを見てくる」
隼人は二人に手を振った。
「あとで合流しようぜ!」
「了解!」
烈は二人を見送ると、隼人の後ろについていった。
「なあ、隼人」
「ん?」
「お前、どんなギター買うんだ?」
「Jacksonにしようと思ってる」
「ジャクソン?」
「そう。前から気になってたんだよ」
隼人は壁に並ぶギターを見渡す。
そして、一本のギターの前で足を止めた。
黒を基調とした、シャープなシルエット。
「……これ、いいな」
店員に声をかけ、試奏の準備をしてもらう。
隼人はギターを肩に掛けた。
弦を軽く鳴らす。
ジャーン。
続けて、リフを弾いた。
鋭く、輪郭のはっきりした音が響く。
隼人の表情が変わった。
「……おお」
もう一度。
今度は少し速いフレーズ。
指が滑らかに動く。
「これ、いいな……!」
烈が隣で頷いた。
「似合ってんじゃねぇか!」
「だろ?」
隼人は笑った。
「やっぱり、これにする」
購入を決めた隼人は、続いてエフェクター売り場へ向かった。
そこで目に留まったのが、BOSSのGX-1クラスのマルチエフェクターだった。
「……これなら、いろんな音が作れるな」
クリーン。
クランチ。
ディストーション。
空間系のエフェクト。
一台で幅広い音作りができる。
隼人は説明を聞きながら、真剣に画面を見つめた。
さらに。
「あと、ワウも欲しいんだよな」
「ワウ?」
烈が首を傾げる。
隼人はCry Baby系のワウペダルを手に取った。
「これ。踏み込むと音の表情が変わるんだ」
試奏用のギターにつなぎ、ペダルを踏む。
ワウ、ワウ、と音色が変化する。
「おおっ! 何だそれ!」
烈が目を丸くした。
「面白ぇ!」
「だろ?」
隼人は満足そうに笑った。
「これで、もっと自分の音を作れる」
そして。
ギター弦の売り場へ向かう。
隼人は少し値の張る弦を手に取った。
Elixir。
「……よし。これも買うか」
「高くねぇ?」
烈が値札を覗き込む。
「ちょっとな。でも長持ちするし、今回は奮発する」
隼人は笑った。
「文化祭までに、もっといい音にしたいからな」
その言葉に、烈は少しだけ真剣な顔になった。
「……そっか」
自分も、もっと上手くなりたい。
そう思った。
3.美咲の新しい相棒
――同じ頃。
ギター売り場。
美咲は、二本のギターを見比べていた。
一本はストラトキャスター。
もう一本はテレキャスター。
「……どっちがいいかなぁ」
美琴が隣から覗き込む。
「お姉ちゃん、迷ってるの?」
「うん。どっちもいいんだよね」
美咲はストラトキャスターを試奏する。
軽快な音。
扱いやすい形状。
次に、テレキャスターを肩に掛ける。
コードを鳴らす。
ジャーン。
美咲の目が少し輝いた。
「……あ」
「どう?」
美琴が尋ねる。
「こっち、好きかも」
美咲はもう一度、コードを鳴らした。
音の輪郭がはっきりしている。
リズムを刻んだときも、歌声の邪魔をしにくそうだった。
そして、何より。
「……こっちの方が、軽く感じる」
美咲は笑った。
「これなら歌いながらでも弾きやすそう」
店員に確認し、試奏を重ねる。
しばらく悩んだ後、美咲は決めた。
Fender Telecaster。
「……よし。これにする!」
美琴が微笑む。
「お姉ちゃん、嬉しそう」
「だって、新しいギターだもん!」
美咲は大切そうにギターを抱えた。
続いて、エフェクター売り場へ。
美咲が選んだのは、アコースティックシミュレーター、ターボディストーション、オーバードライブ、そしてボリュームペダル。
「これで、曲によって音を変えられるね」
美琴が頷く。
「文化祭の曲にも使うの?」
「うん。今までより、もっと歌とギターを両立できるようにしたいんだ」
美咲はエリクサーのギター弦も手に取った。
「これも買う!」
「お姉ちゃんもエリクサー?」
「うん。ちょっと高いけど、せっかくだからね」
美咲は笑う。
「新しいギターで、いい音を出したいし!」
その隣で、美琴もベース弦を選んでいた。
Elixirのベース弦。
「……私も、これにする」
美咲が嬉しそうに振り向く。
「おそろいだね!」
「うん」
美琴は小さく笑った。
「お姉ちゃんと同じメーカーの弦、使ってみたかったんだ」
美咲は一瞬、驚いた顔をした。
そして。
「……そっか」
優しく笑う。
「じゃあ、一緒にいい音にしようね」
「うん!」
4.美琴の音
美琴は、ベース用のマルチエフェクターを試していた。
手にしているのは、美咲から受け継いだMusic Manのベース。
新しいベースを買うつもりはない。
このベースには、姉との思い出が詰まっているからだ。
「……どうかな」
美琴は低い音を鳴らす。
ボン。
続いて、エフェクターの設定を変える。
もう一度。
ボン。
音の輪郭が変わる。
「……おお」
美琴は小さく目を見開いた。
低音がぼやけず、しっかり前に出てくる。
「これ、いいかも……」
店員の説明を聞きながら、いくつかの設定を試す。
派手な音を作るためではない。
自分のベースが、四人の演奏の中でどう響くか。
そこを考えていた。
「……これにします」
美琴は決めた。
新しい弦と、ベース用マルチエフェクター。
会計を済ませ、ベースケースを背負う。
その表情には、いつもより少しだけ自信が浮かんでいた。
5.烈の新しい武器
――ドラム売り場。
烈は、ドラムセットや電子ドラムの前で立ち止まっていた。
「……すげぇな」
目の前には、さまざまなドラム機材が並んでいる。
だが。
今の烈には、新しいドラムセットを買う予定はない。
自分の電子ドラムは、父親の手伝いをして、ようやく手に入れたものだ。
まだまだ使いこなせていない。
「……俺は、今ので十分だな」
そう呟いたときだった。
「烈」
隼人が声をかけた。
「ん?」
「ちょっと、これ見てみろよ」
隼人が指差した先。
そこには、ツインペダルが並んでいた。
「……何だ、これ?」
烈が首を傾げる。
「ツインペダル。バスドラムを両足で踏めるようにする機材だよ」
「両足で?」
「そう。速いフレーズを叩いたり、演奏の幅を広げたりできる」
烈の目が輝いた。
「……すげぇ!」
「興味あるだろ?」
「ある!」
即答だった。
隼人が笑う。
「だったら、見てみようぜ」
店員に声をかけ、烈が現在使っている電子ドラムの機種を伝える。
店員は対応するキックパッドの仕様を確認した。
「こちらの機種でしたら、対応するキックパッドを使うことでツインペダルを接続できます。お持ちのセットで使用できるか、型番を確認してから選ぶのが確実ですね」
烈は少し身を乗り出した。
「……俺のでも使えるんすか?」
「はい。お使いの機種に合う構成を確認しましょう」
店員が互換性を確認し、使用可能な組み合わせを説明する。
その中から、烈はPearlのツインペダルを選んだ。
「……これにする!」
隼人が笑う。
「お、買うのか?」
「おう!」
烈は拳を握った。
「もっと上手くなりてぇからな!」
購入を済ませ、箱を抱える。
ずっしりとした重み。
それが、なぜか嬉しかった。
自分で働いて買った電子ドラム。
そして今日、自分で選んだツインペダル。
「……よし」
烈は笑った。
「明日から、もっと練習するぞ!」
隼人が肩を叩く。
「期待してるぜ、ドラマー」
「任せろ!」
ただし。
ツインペダルを買ったからといって、すぐに両足を自由に動かせるわけではない。
烈が本当の意味で使いこなすまでには、まだまだ練習が必要だった。
6.四人の新しい音
――翌日。
烈の家・練習用倉庫。
「よし、準備完了!」
隼人が新しいJacksonのギターを構える。
足元にはGX-1クラスのマルチエフェクターとワウペダル。
美咲はFender Telecasterを肩に掛けた。
足元には新しいエフェクター。
美琴はMusic Manのベースに新しい弦を張り、マルチエフェクターを接続していた。
そして烈。
電子ドラムにツインペダルを取り付けている。
「……よし」
烈は両足をペダルに置いた。
「いくぞ!」
「ちょっと待って」
美咲が笑う。
「いきなりツインペダルを使いこなそうとしないでね」
「分かってるって!」
「本当に?」
「……たぶん!」
「たぶんじゃ駄目でしょ!」
隼人が笑う。
「まあ、まずは普通に合わせようぜ」
美琴も頷いた。
「うん。いつもの曲から」
四人は楽器を構えた。
「じゃあ――」
隼人がカウントを取る。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
演奏が始まった。
新しいギターの音。
新しい弦の響き。
美咲のテレキャスターが、隼人のギターを支える。
美琴のベースが、二人の音を下からまとめる。
烈のドラムが、四人の演奏を前へ押し出す。
――だが。
「……あっ!」
烈の両足が、途中でずれた。
ドドッ、ドン。
リズムが崩れる。
「ストップ!」
隼人が声を上げた。
「烈、今の何だよ!」
「……ツインペダル!」
「見りゃ分かる!」
「いや、足が勝手に……!」
美咲が笑いをこらえる。
「烈、右足と左足が喧嘩してるよ」
「喧嘩してねぇ!」
「してるって!」
美琴も小さく笑った。
「でも、最初は難しいよね」
「だろ!?」
烈は救われたような顔をする。
「美琴、分かってくれるか!」
「うん。だから、ゆっくり練習しよう?」
「……おう!」
烈はペダルを見つめた。
焦る必要はない。
一歩ずつ。
両足の動きを覚える。
それもまた、ドラムの練習だった。
一方。
隼人も新しい機材に夢中だった。
「……この音、いいな」
GX-1の設定を変える。
もう一度弾く。
「いや、こっちも捨てがたい……」
さらにワウペダルを踏む。
ワウ、ワウ。
「……おお!」
美咲が手を止めた。
「隼人」
「ん?」
「音作りに夢中になるのはいいけど、曲も進めようね?」
「……はい」
「返事はいいんだから」
美咲は笑った。
隼人は少し照れくさそうに頭を掻く。
「……悪い」
「でも、いい音だと思うよ」
「本当か?」
「うん」
美咲は頷いた。
「ただ、その音をどう使うかは、これから考えよう」
「……そうだな」
隼人はギターを構え直した。
機材を買うことがゴールではない。
自分の音を作り、四人の音に合わせる。
それが大切なのだ。
美咲もまた、新しいギターに慣れようとしていた。
テレキャスターの軽さ。
コードの響き。
歌うときの身体の動かしやすさ。
「……これ、いいね」
美咲は小さく呟いた。
隼人が尋ねる。
「どう?」
「前より歌いやすいかも」
美咲はコードを刻みながら、短く歌ってみる。
ギターの音が歌声を邪魔しない。
まだ調整は必要だが、手応えはあった。
「……よし」
美咲は笑った。
「もっと練習しよう」
美琴は、ベースの音を確かめていた。
新しい弦。
新しいマルチエフェクター。
それだけで、音が劇的に変わるわけではない。
けれど。
少しずつ設定を調整すると、低音の輪郭がはっきりしてきた。
「……ここかな」
美琴が呟く。
隼人のギターが前に出る。
美咲のコードが曲を支える。
その下で。
美琴のベースが、四人の音を一つにまとめる。
「……うん」
小さく頷く。
「この音、好き」
何度も練習を繰り返す。
失敗して。
止まって。
相談して。
もう一度、最初からやり直す。
そして。
夕方。
四人は、最後に一曲を通して演奏した。
隼人のギターが走る。
美咲のコードが支える。
美琴のベースが低音を刻む。
烈のドラムが、まだぎこちないツインペダルを試しながらも、全体のリズムを保つ。
演奏が終わった。
静寂。
「……はぁ」
烈が息を吐く。
「疲れた……!」
隼人が笑う。
「お前、今日ずっと足と格闘してたもんな」
「うるせぇ!」
美咲が笑った。
「でも、少しずつ良くなってるよ」
美琴も頷く。
「うん。昨日より、ちゃんと合わせられたところもあった」
烈は少し照れくさそうに笑った。
「……そうか?」
「そうだよ」
隼人がギターを下ろす。
「機材は買った。あとは、俺たちが使いこなすだけだな」
美咲が頷く。
「文化祭まで、時間はあるようでないからね」
美琴は三人を見る。
「……頑張ろう」
烈がスティックを掲げた。
「おう!」
隼人も笑う。
「絶対、いいライブにしようぜ!」
「うん!」
四人の声が、倉庫に響いた。
新しい機材。
新しい挑戦。
そして。
四人で鳴らす、新しい音。
NOIZ JACKは、文化祭ライブへ向けて、また一歩前へ進んだ。
7.噂のギタリスト
――同じ頃。
神谷家。
リビングでは、神谷鷹史がギターを抱えていた。
テレビはついているが、画面はほとんど見ていない。
指先で弦を鳴らしながら、黙々とフレーズを繰り返していた。
「……鷹史」
兄の神谷迅が声をかける。
「ん?」
「最近、またギターばっかりだな」
「別に」
鷹史は手を止めない。
「普通だろ」
迅は苦笑した。
「お前の普通は、ちょっと偏ってるんだよ」
「兄貴に言われたくねぇ」
「ははっ。確かにな」
迅はソファに腰を下ろした。
そして、何気ない調子で言った。
「そういや、恒一の弟もバンドやってるんだってな」
鷹史の指が止まった。
「……藤堂恒一の?」
「ああ。隼人っていうんだ」
迅は続けた。
「この前、桜ヶ丘高校の文化祭ライブに出るって話を聞いたぞ」
鷹史はギターを膝に置いた。
「……どんな奴?」
迅が応える。
「佐伯さんとこのLIVEで何度か手伝って貰ってるよ。兄貴とは違って女好きな奴さ。悪い奴じゃないけどな。恒一が言うには、ギターのセンスは中々らしい」
「へぇ」
鷹史の表情は変わらない。
だが、その目には興味が浮かんでいた。
「……どんな音を出すんだろうな」
迅が笑う。
「気になるのか?」
「別に」
鷹史はギターを持ち直す。
「ただ、上手いって言われてる奴が、どんな演奏をするのか知りたいだけだ」
「それを気になるって言うんだよ」
「うるせぇ」
鷹史は弦を弾いた。
鋭い音が響く。
「……文化祭か」
小さく呟く。
「見に行ってみるか」
まだ、隼人の顔も知らない。
どんな性格なのかも知らない。
ただ、ギターを弾く人間として。
一度、その音を聴いてみたいと思った。
8.もう一人の観客
――同じ頃。
BLAC-KOUTの練習スタジオ。
「怜司、文化祭行こうぜ!」
メンバーの一人が、九条怜司の肩に腕を回した。
「……は?」
怜司はキーボードの手を止めた。
「何で俺が?」
「桜ヶ丘高校の文化祭だよ。女子も多いらしいぞ!」
「……興味ない」
即答だった。
別のメンバーが笑う。
「またまた。お前、そういうの嫌いじゃないだろ?」
「お前らと行くことに興味がないんだ」
「ひでぇ!」
スタジオに笑いが起こる。
怜司はため息をついた。
「そもそも、何で俺まで誘うんだよ」
「人数が多い方が楽しいだろ!」
「お前らの場合、騒ぎたいだけだろ」
「バレたか!」
怜司は呆れた。
だが。
その時。
メンバーの一人が思い出したように言った。
「そういや、文化祭でライブもあるらしいぞ」
「……ライブ?」
怜司が顔を上げる。
「ああ。夏のライブで俺たちと対バンしたNOIZ JACKってバンド、桜ヶ丘の奴らなんだろ?」
その名前を聞いた瞬間。
怜司の表情が少し変わった。
「……NOIZ JACK」
夏の対バン。
あの時、ギターを弾いていた藤堂隼人。
軽い態度。
女好きそうな言動。
だが。
ギターを持った瞬間、その印象は変わった。
音の切れ。
フレーズの組み立て。
ステージ上での存在感。
怜司は、あのギターを覚えていた。
「……隼人」
小さく呟く。
メンバーがニヤニヤする。
「おっ? 行く気になった?」
「……別に」
怜司はキーボードに手を戻した。
「ただ、あいつのギターはもう一度聴いてみたい」
「それを行くって言うんだよ!」
「うるさい」
怜司は顔を背けた。
「文化祭なら、誰でも入れるんだろ?」
「招待券があればな」
「……じゃあ、手配しろ」
メンバーが顔を見合わせた。
「おおっ!」
「怜司が乗り気だ!」
「女子目当てじゃないからな!」
「分かってる、分かってる!」
「絶対分かってねぇだろ……」
怜司は深いため息をついた。
だが。
心の中では。
もう決めていた。
――今度は、もっと近くで聴いてみたい。
藤堂隼人のギターを。
そして。
自分たちと対バンした時とは違う環境で、あいつがどんな演奏をするのか。
それを確かめたい。
そのために。
文化祭へ行く。
9.文化祭へ
――数日後。
烈の家・練習用倉庫。
NOIZ JACKの四人は、再び楽器を構えていた。
隼人は新しいJacksonを肩に掛ける。
美咲はテレキャスターを構える。
美琴はMusic Manのベースを抱える。
そして烈は、電子ドラムの前で両足をペダルに置いた。
「……よし」
烈が小さく呟く。
まだ、うまくいかない。
両足の動きがずれることもある。
それでも。
昨日よりは少しだけ、できることが増えていた。
「烈、準備いいか?」
隼人が尋ねる。
「おう!」
「美咲は?」
「いつでも!」
「美琴は?」
「うん!」
四人が顔を見合わせる。
そして。
隼人が笑った。
「じゃあ――」
ギターを構える。
「文化祭ライブに向けて、もう一回合わせるぞ!」
烈がスティックを握る。
「来い!」
美咲が笑う。
「今度は止まらないでね!」
「分かってるって!」
美琴が小さく笑う。
「……楽しみだね」
「おう!」
隼人がカウントを取る。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
四人の音が、一斉に鳴り始めた。
新しいギター。
新しいエフェクター。
新しい弦。
新しいツインペダル。
それぞれの機材は、まだ完全には使いこなせていない。
それでも。
四人の音は、確実に変わり始めていた。
そして。
桜ヶ丘高校の文化祭ライブ。
そこには。
NOIZ JACKを見に来る二人のギタリストがいる。
一人は、藤堂隼人の音に興味を持った神谷鷹史。
もう一人は、夏の対バンで隼人のギターを知った九条怜司。
二人は、まだ互いの存在を知らない。
そして隼人も。
自分のギターが、これから二人の人生を変えていくことなど、想像もしていなかった。
――文化祭ライブまで、あと少し。
NOIZ JACKの新たな挑戦が、始まろうとしていた。
BURN BEAT 第2章 第19話「新たな武器」――完。




