第18話「四人の新しい目標」
BURN BEAT
第2章「ライバル編」
第18話「四人の新しい目標」
――夏休み終盤。
朝倉家の敷地内にある練習倉庫。
その中から、ドラムの音が響いていた。
――ダダンッ! ドンッ! ダダダンッ!
「おっしゃあ! 今のいい感じじゃねぇか!」
ドラムセットの前で、朝倉烈が満面の笑みを浮かべる。
「いや、最後ちょっと走ってたぞ」
ギターを抱えた藤堂隼人が指摘した。
「……走ってた?」
「テンポがだよ!」
「おお! そういうことか!」
「どういうことだと思ったんだよ、お前!」
倉庫に隼人のツッコミが響く。
その横では、神崎美咲がギターを調整しながら笑っていた。
「まあまあ。最初から完璧にできるわけじゃないしね」
「そうそう!」
烈が勢いよく頷く。
「俺はまだまだ成長途中だからな!」
「その前に、ちゃんと最後までテンポを維持できるようになろうね」
「……はい」
美咲に笑顔で言われ、烈は素直に頷いた。
その様子を見ていた神崎美琴が、ベースを抱えたまま小さく笑う。
「……烈くんって、素直だよね」
「だろ?」
隼人が即答する。
「単純なだけとも言うけどな」
「おい、隼人!」
「はははっ!」
四人の笑い声が倉庫いっぱいに広がった。
四人体制になったNOIZ JACK。
夏休みの終わりが近づく中、四人は烈の家に集まり、これからの活動について話し合うことにしていた。
……もちろん、話し合いだけで終わるはずもなかった。
「さて、と」
隼人が手を叩く。
「一応、今日は今後の活動について話し合う日だからな」
「おう!」
烈が元気よく返事をする。
「まずは練習だな!」
「今まで何してたんだよ!」
「練習!」
「だから、話し合いだって言ってんだろ!」
「……ああ、そうだった」
烈が頭を掻く。
美咲は呆れながらも、楽しそうに笑っていた。
「でも、四人になったんだし、ちゃんと考えないとね」
「そうだな」
隼人が頷く。
「これからは四人で音を作っていく。今まで以上に、それぞれの役割を考えたい」
隼人がノートを開いた。
「俺がリードギター。美咲がリズムギターとボーカル。美琴がベース。そして烈がドラム」
「……うん」
美琴が自分のベースを見つめる。
「四人なんだね、私たち」
「そうだよ!」
美咲が妹の肩に腕を回した。
「これからは美琴も一緒にステージに立つんだから!」
「……うん!」
美琴の顔が明るくなる。
隼人も微笑んだ。
「まずは四人で、しっかり音を合わせていこうぜ」
「おう!」
烈がスティックを掲げる。
「俺たちなら、すげぇバンドになれる!」
「その自信、どこから来るのよ……」
美咲が苦笑する。
「俺の才能!」
「はいはい」
「信じてねぇだろ!」
「信じてるってば」
美咲が笑うと、烈もつられて笑った。
話し合いを終えると、自然と楽器を手に取る四人。
「じゃあ、前回のライブの曲を合わせてみようか」
隼人の提案に、美咲が頷いた。
「いいね! 四人でやるのは初めてだし」
「……楽しみ」
美琴もベースを構える。
烈はドラムスローンに座り、スティックを握り直した。
「よっしゃ! 行くぞ!」
隼人がカウントを取る。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
最初の曲は、相川七瀬の『夢見る少女じゃいられない』。
隼人のギターが鋭い音を刻み、美咲の歌声が重なる。
その下で、美琴のベースがしっかりと低音を支えていた。
そして烈のドラム。
力強く叩きながら、少しずつ四人の音をつないでいく。
曲が終わる。
「……よし!」
隼人が頷く。
「前よりいい感じになったな!」
「だろ!?」
烈が胸を張る。
「俺のドラムがすげぇからな!」
「はいはい」
「おい!」
美咲が笑いながら次の曲の準備を始める。
続いて、Avril Lavigneの『Sk8er Boi』。
軽快なリズムに乗って、四人の演奏が弾む。
烈はまだ細かい部分で苦戦していたが、曲の勢いに負けまいと必死に食らいつく。
「烈、次のところ!」
「分かってる!」
隼人の合図に合わせ、烈がスティックを振り下ろす。
――ダダンッ!
少しずれた。
「……あっ!」
「惜しい!」
美琴が声を上げる。
「今の、あとちょっとだったよ!」
「だよな!?」
烈が笑う。
「もう一回やればいける!」
「その意気だ!」
隼人がギターを構え直す。
三曲目は、BOØWYの『NO. NEW YORK』。
今度は少し落ち着いて、四人でリズムを確かめながら演奏する。
美咲と隼人のギターが重なり、美琴のベースが曲を支える。
烈も、さっきより集中していた。
最後の曲は、NOIZ JACKのオリジナル曲『君にだけ、素直になれない』。
演奏が始まると、倉庫の空気が少し変わった。
美咲の歌声。
隼人のギター。
美琴のベース。
そして烈のドラム。
それぞれ違う音が、少しずつ一つになっていく。
最後の音が消えた。
「…………」
四人とも、しばらく何も言わなかった。
やがて、隼人が笑う。
「……いいじゃん」
美咲も頷いた。
「うん。四人の音になってきたね」
美琴は嬉しそうにベースを見つめる。
「……楽しかった」
烈はスティックを握りしめた。
「俺も!」
そして、満面の笑みを浮かべる。
「やっぱ、バンドって最高だな!」
「……今さら?」
美咲が笑う。
「今さらだ!」
烈も笑い返す。
四人は再び笑った。
こうして、夏休み最後のセッションは、にぎやかな時間の中で終わった。
そして――。
夏休みが終わる。
二学期始業式
――私立桜ヶ丘高校。
九月。
長い夏休みが終わり、校門には久しぶりに生徒たちの姿が戻っていた。
「……あー、学校始まっちまったなぁ」
朝倉烈が大きく欠伸をする。
隣を歩く隼人も、眠そうな顔をしていた。
「休みって、なんであんなに早く終わるんだろうな」
「ほんとだよな」
「お前、夏休み中も練習してただろ」
「してたけどよ。休みは休みだろ!」
「……まあ、それはそうか」
二人はそんな話をしながら校舎へ向かう。
すると。
「おはようございます、姐さん!」
突然、威勢のいい声が響いた。
烈と隼人が振り返る。
そこには、ブラック・マジシャンのメンバーが数人並んでいた。
彼らは美咲の姿を見つけると、そろって頭を下げる。
「姐さん、おはようございます!」
「今日もよろしくお願いします!」
「…………」
烈が固まる。
隼人も固まった。
その中心にいる美咲は、いつも通りの笑顔だった。
「あ、おはよー! みんな元気だね!」
「はい!」
ブラック・マジシャンのメンバーが一斉に返事をする。
美咲は特に気にする様子もなく、手を振った。
「じゃあ、またねー!」
「はい! 姐さん!」
彼らは満足そうに去っていく。
その背中を見送りながら、烈が呟いた。
「……なあ、隼人」
「……なんだ」
「姐さんって、誰のことだ?」
隼人は美咲を見る。
美咲は何事もなかったように歩いている。
「……さあ?」
二人は首を傾げた。
まさか、自分たちのバンド仲間が不良組織のメンバーから「姐さん」と呼ばれているなど、思いもしなかったのである。
教室に入ると、今度は別の意味で注目が集まった。
「神崎さん、おはよう!」
「美咲ちゃん、夏休みどうだった?」
「ねえ、髪型ちょっと変えた?」
女子生徒たちが次々と美咲に声をかける。
「えー? そうかな?」
美咲は笑顔で応じる。
「でも、夏休み明けの美咲ちゃん、なんかカッコ可愛い!」
「分かる! 可愛いのにカッコいいんだよね!」
「バイクも乗ってるんでしょ? すごくない?」
「えへへ、まあね!」
美咲は照れくさそうに笑った。
男子生徒たちも、少し離れたところから美咲を見ている。
「……神崎さん、やっぱ可愛いよな」
「分かる」
「でも、あの雰囲気がまたカッコいいんだよな……」
そんな声が聞こえてくる。
烈は教室の入口で、その光景を眺めていた。
「……美咲って、人気あるんだな」
隼人が横目で見る。
「今さらかよ」
「いや、だってよ」
烈が首を傾げる。
「女子にも男子にも人気じゃねぇか」
「……まあな」
隼人は少しだけ誇らしげに笑った。
その様子を見た美咲が、二人に気づく。
「おーい! 二人とも、何してんの?」
「いや、別に」
烈が答える。
隼人も頷く。
「なんでもねぇよ」
美咲は首を傾げたが、すぐに笑顔に戻った。
「変なの!」
そして。
「ほら、席に着きなよ! 始業式始まるよ!」
「へいへい」
烈と隼人は、いつものように美咲の後をついていく。
その様子を見ていた女子生徒が、小声で呟いた。
「……あの二人、いつも神崎さんと一緒だよね」
「うん」
「しかも、朝倉君と藤堂君って、二人とも喧嘩強いんでしょ?」
「そうらしいよ」
「……え、もしかして神崎さんって、あの二人を従えてるの?」
「えっ?」
「だって、二人とも神崎さんの言うこと聞いてるじゃん」
「……確かに」
女子生徒たちは顔を見合わせた。
その視線の先では。
「烈、そこ邪魔!」
「お、おう!」
「隼人、こっちの席!」
「はいはい!」
美咲に言われるまま、二人が移動していた。
――本人たちは、ただいつも通り一緒にいるだけだった。
しかし周囲から見れば。
不良として名の知れた二人を従える、カッコ可愛い女子。
そんな印象が、少しずつ出来上がりつつあった。
もちろん。
美咲本人には、そんな自覚はない。
そして。
烈と隼人にも、まったく自覚がなかった。
始業式が始まる。
校長の長い話。
夏休みの生活についての注意。
二学期の行事予定。
烈は早くも眠そうだった。
「……長ぇ」
隼人が小声で呟く。
「まだ始まったばっかだぞ」
「分かってるよ……」
その前方では、美咲が真面目に話を聞いている。
「……あいつ、ちゃんと聞いてるな」
烈が感心する。
「美咲はこういうところ、しっかりしてるからな」
隼人が答えた。
「お前らが適当すぎるんだよ」
突然、背後から声がした。
振り返ると、担任教師が二人を見下ろしていた。
「朝倉、藤堂。静かにしろ」
「……はい」
二人が同時に返事をする。
教師はため息をついた。
「二学期早々、問題を起こすなよ」
「起こしませんって!」
隼人が答える。
烈も頷いた。
「俺たち、真面目ですから!」
「……どの口が言うんだ」
教師のツッコミに、周囲から笑いが起きた。
美咲も振り返って笑う。
「もう、二人とも!」
「……はい」
二人はそろって肩をすくめた。
その光景を見ていた生徒たちは、また小声で話し始める。
「……やっぱり、神崎さんが一番強いんじゃない?」
「そうかも……」
「朝倉君も藤堂君も、神崎さんには逆らえないんだね……」
――誤解は、着実に広がっていた。
始業式が終わり、放課後。
烈と隼人、美咲は、いつものように烈の家へ向かった。
「……やっと終わったぁ!」
烈が大きく伸びをする。
「お前、ほとんど寝てただろ」
隼人が呆れる。
「寝てねぇよ!」
「目、閉じてたぞ」
「校長の話を心で聞いてたんだ!」
「便利な言い訳だな!」
美咲が笑いながら二人の間に入る。
「はいはい。倉庫に着いたら、ちゃんと話し合いするんだからね!」
「分かってるって!」
烈が答える。
「……本当に分かってる?」
「……たぶん!」
「たぶんじゃない!」
美咲の声が響く。
隼人は腹を抱えて笑っていた。
四人の新しい目標
烈の家の練習倉庫。
そこには、すでに美琴が待っていた。
「……おかえり」
「おう、美琴!」
烈が手を上げる。
「待たせたな!」
「ううん。今来たところ」
美琴は微笑んだ。
美咲が妹に近づく。
「美琴、学校どうだった?」
「うん。いつも通りだよ」
「そっか!」
美咲は嬉しそうに笑った。
美琴は桜ヶ丘高校の生徒ではない。
中学三年生の彼女は、二学期も自分の学校に通っている。
それでも、NOIZ JACKのメンバーであることに変わりはなかった。
隼人がノートを開く。
「さて。今日は二学期の活動について話そう」
「まずは文化祭LIVEだな!」
烈が拳を握る。
「十月の桜ヶ丘高校文化祭LIVE!」
美咲が頷いた。
「四人体制になって初めての大きなステージだもんね!」
美琴が少し不安そうに尋ねる。
「……でも、私、中学生だけど大丈夫なの?」
隼人はすぐに答えた。
「大丈夫だよ」
「本当に?」
「うん。文化祭LIVEは、桜ヶ丘高校の生徒が中心のバンドなら、他校のメンバーも一、二人までゲストとして参加できるルールなんだ」
美咲も頷く。
「それに、文化祭LIVEは土曜日の公開イベントだからね。招待券があれば、他校の生徒や一般の人も見に来られるんだよ」
「……そうなんだ」
「だから、美琴も正式に参加できる!」
美琴の顔が明るくなった。
「……よかった!」
烈が胸を張る。
「当たり前だろ! 俺たちは四人でNOIZ JACKなんだからな!」
「烈……」
美琴が嬉しそうに笑う。
隼人も頷いた。
「よし。じゃあ文化祭に向けて、レパートリーをもう一曲増やそうぜ」
「いいね!」
美咲が手を叩く。
「四人でやれる曲を増やしたい!」
隼人は美琴を見る。
「美琴は何かやりたい曲あるか?」
美琴は少し考えた。
そして。
「……中島美嘉の『GLAMOROUS SKY』」
その名前を聞いた瞬間、美咲の表情が変わった。
「……美琴」
「覚えてる?」
美琴は姉を見る。
「お姉ちゃんがギターを弾きながら歌って、私が初めてベースを合わせた曲」
美咲は、静かに頷いた。
忘れるはずがなかった。
あの日。
美咲がギターを弾きながら歌っているところへ、美琴がベースを持ってきた。
最初は、ただ音を合わせてみただけだった。
けれど。
姉のギターと歌に、妹のベースが重なった瞬間。
二人の音が一つになった。
美咲にとって、妹の才能を改めて感じた大切な思い出。
美琴にとって、大好きな姉と一緒に音楽を作れた、忘れられない思い出。
そして今。
二人は同じバンドのメンバーとして、同じステージを目指している。
美咲は妹の手を握った。
「……いいじゃん!」
「……お姉ちゃん」
「私も、もう一度美琴とこの曲をやりたい!」
美琴の目が輝く。
「……うん!」
隼人が笑った。
「決まりだな。文化祭のレパートリーに『GLAMOROUS SKY』を追加しよう」
「おう!」
烈がスティックを握りしめる。
「よっしゃあ! やるぞ、お前ら!」
美咲が拳を突き上げる。
「四人のNOIZ JACKを見せてやろうじゃん!」
美琴も頷いた。
「私も、頑張る!」
隼人がギターを構える。
「目標は十月の文化祭LIVE!」
烈がドラムセットの前に座った。
「絶対、最高のライブにするぞ!」
「おう!」
三人の声が重なる。
倉庫の中に、四人の笑顔が広がった。
四人になったNOIZ JACK。
それぞれの思いを胸に、新しい目標が決まった。
姉妹の思い出の曲を、四人でステージに届けるために。
そして、まだ見ぬ次の景色へ進むために。
NOIZ JACKの二学期が、いよいよ始まる。
――第18話「四人の新しい目標」――完。




