第14話「夏のメロディ」
BURN BEAT
第14話「夏のメロディ」
――二日後。
免許センター。
掲示板を見つめていた烈が、突然叫んだ。
「……あった!」
自分の番号を見つけた瞬間、烈は拳を天高く突き上げた。
「俺の番号だ! 合格だぁぁぁ!!」
周囲の視線など気にせず、大喜びする烈。
「うるさいよ、烈!」
隼人が笑う。
「よかったね、烈!」
美咲も笑顔で祝福した。
「これで三人とも免許持ちだね!」
「おう! 待たせたな、お前ら!」
隼人がニヤリと笑う。
「待たせすぎだ。烈。」
「うるせぇ!」
美咲は二人を見て、楽しそうに笑った。
「もう、二人とも! せっかく免許が取れたんだから、今日は楽しく走ろうよ!」
「おう!」
「そうだな!」
こうして、三人は晴れて普通二輪免許を取得した。
夏のツーリング
数日後。
夏の青空の下、三台のバイクが道路を走っていた。
隼人のSteed 400。
烈のDragStar 400。
美咲のMagna 250。
初めて三人で走るツーリング。
烈は朝からずっと上機嫌だった。
「うおおお! 最高だぜ!」
休憩場所に到着するなり、烈が叫ぶ。
「お前、さっきからそれしか言ってねぇぞ!」
隼人が笑った。
「だって最高だろ!」
「はいはい」
美咲も笑う。
「二人とも、ちゃんと安全運転してね。事故ったら大変なんだから!」
「分かってるって!」
「烈が一番心配なんだよなぁ……」
「隼人ぉぉぉ!」
三人の笑い声が、夏の空に響いた。
しばらく休憩したあと、三人は再びバイクにまたがった。
目指すのは、いつもの練習場所。
烈の自宅だ。
今日は夏休みに入って初めての、本格的なセッションをする予定だった。
一曲目「夢見る少女じゃいられない」
烈の自宅。
防音対策を施した練習スペースには、ドラムセットやギターアンプ、ベースアンプが並んでいた。
三人で音を合わせるには十分な環境だ。
「よっしゃ!」
烈がドラムセットの前に座る。
「今日は思いっきり叩くぜ!」
「機材壊すなよ?」
隼人がギターを構える。
「壊さねぇよ!」
「本当に?」
美咲が首を傾げた。
「……お前ら、俺を何だと思ってんだ!」
隼人は笑いながらギターを鳴らした。
「じゃあ、始めるか!」
一曲目は、相川七瀬の「夢見る少女じゃいられない」。
隼人のギターが鳴り響く。
美咲が歌い始め、烈のドラムが力強くリズムを刻む。
最初に合わせた頃と比べれば、烈の演奏は確実に成長していた。
まだ細かなミスはある。
それでも、以前のように曲についていくだけではない。
隼人のギターを聴き、美咲の歌を感じ、三人の音を合わせようとしている。
曲が終わる。
「……ふぅ!」
烈が息を吐いた。
「やっぱ、これだな!」
「何が?」
美咲が尋ねる。
「三人で音出すのが最高ってことだよ!」
隼人が少しだけ笑った。
「……まあ、悪くないな」
「素直じゃないねぇ、隼人君?」
美咲がからかう。
「うるせぇ!」
二曲目「Sk8er Boi」
続いて、Avril Lavigneの「Sk8er Boi」。
隼人のギターが軽快に走り出す。
烈も負けじとドラムを叩く。
美咲の表情も自然と明るくなった。
曲が終わる。
「いいね、これ!」
美咲が笑う。
「烈、さっきよりノッてるじゃん!」
「当然だろ!」
「いや、今のフィル、ちょっと走ってたぞ」
隼人が指摘する。
「……マジ?」
「マジ」
「くっそぉ……!」
烈は悔しそうに頭を掻いた。
しかし、すぐに笑う。
「もう一回やろうぜ!」
「いいよ!」
美咲が即答した。
「今度は隼人がミスしたら罰ゲームね♪」
「なんで俺だけなんだよ!」
「だってリーダーだもん♪」
「関係ねぇだろ!」
また笑い声が響いた。
三曲目「NO. NEW YORK」
三曲目は、BOØWYの「NO. NEW YORK」。
今回は隼人がボーカルを担当する。
「……よし」
隼人がマイクの前に立つ。
「行くぞ!」
ギターを弾きながら歌い始める隼人。
普段の軽い調子とは違う。
音楽に集中する眼差し。
ステージを意識した表情。
美咲はベースを弾きながら、そんな隼人を見つめていた。
――やっぱり、かっこいいな。
幼い頃から知っている。
ずっと一緒にいた。
恋人になってからも、何度も隣に立ってきた。
それでも。
音楽をしている隼人を見ると、今でも胸が高鳴る。
曲が終わった。
「どうだ!」
隼人が笑う。
「よかったよ!」
美咲が答える。
「……へぇ?」
隼人がニヤリとした。
「今日は素直じゃん」
「うるさいな!」
美咲は顔を赤くして、隼人の肩を軽く叩いた。
「調子に乗るな!」
烈が腹を抱えて笑う。
「かっかっか! 今日も平和だな!」
「烈も笑ってないで、次の準備!」
「はいっ!」
四曲目――隼人のデモ音源
三曲を終えたところで、隼人がギターを置いた。
「……なあ、美咲」
「ん?」
「ちょっと聴いてほしいものがあるんだ」
「何?」
隼人はバッグからノートパソコンを取り出した。
画面には、音楽制作ソフトが開かれている。
「実はさ……最近、曲を作ってたんだ」
美咲が目を丸くした。
「えっ? いつの間に?」
「バイトが終わった後とか、時間があるときに」
隼人は少し照れくさそうに笑った。
「まだデモだけどな」
再生ボタンを押す。
静かなピアノ。
柔らかなギター。
ゆっくりと広がる旋律。
激しいロックとは違う。
優しくて、少し切ない。
まるで、誰かに伝えたい気持ちを音にしたような曲だった。
烈も黙って聴いていた。
やがて音が止まる。
「……いい曲じゃん」
烈が率直に言った。
「だろ?」
隼人が笑う。
「まだメロディと簡単な伴奏だけなんだけどな」
美咲はしばらく黙っていた。
頭の中で、さっき聴いた旋律が流れ続けている。
「……隼人」
「ん?」
「これ、歌詞は?」
「それなんだけどさ」
隼人は美咲を見た。
「美咲に書いてほしい」
「……え?」
「お前の言葉で、この曲を歌にしてほしいんだ」
美咲は驚いたまま、隼人を見つめた。
「私が……?」
「ああ」
隼人は真面目な顔で頷く。
「俺が曲を作るから、お前が言葉をつけてくれないか?」
いつもの冗談ではない。
からかっているわけでもない。
隼人は本気で、美咲に頼んでいた。
「……うん」
美咲は小さく笑った。
「やってみる」
そして、少しだけ意地悪そうに付け加える。
「でも、変な歌詞でも文句言わないでよ?」
「そこは頑張ってくれよ、作詞家さん」
「なによ、それ!」
烈が笑った。
「いいじゃねぇか! 美咲の歌詞、楽しみにしてるぜ!」
「……うん!」
美咲はもう一度、デモ音源を聴いた。
今度は。
この曲に、自分の言葉を乗せるために。
書けない歌詞
その日の夜。
神崎家。
美咲は自分の部屋で、机に向かっていた。
目の前にはノート。
ヘッドホンからは、隼人のデモ音源が流れている。
「……うーん」
鉛筆を回す。
「なんか違うんだよなぁ……」
ノートには、いくつかの言葉が書かれていた。
けれど。
どれも曲にしっくりこない。
「……恋の歌、だよね」
美咲は呟いた。
隼人の曲を聴いていると、自然と隼人のことを考えてしまう。
幼い頃から一緒だったこと。
隼人がギターを教えてくれたこと。
いつの間にか、隣にいるのが当たり前になっていたこと。
そして。
他の女の子と話している隼人を見ると、少しだけ胸がざわつくこと。
「……」
美咲は頬杖をついた。
「……なんで、こんなに難しいのよ」
普段なら、隼人をからかう言葉はいくらでも出てくる。
好きだってことも、今さら隠す必要はない。
それなのに。
いざ歌詞にしようとすると、何も書けなくなってしまう。
「……もう!」
美咲は鉛筆を置いた。
そのとき。
「美咲ちゃーん!」
部屋の外から声がした。
「……柚葉?」
扉が開き、白石柚葉が顔を出す。
「こんばんはぁ」
「いらっしゃい。美琴に会いに来たの?」
「うん! 美琴ちゃん、下にいるよ」
「そっか」
柚葉は部屋に入ると、机の上のノートに目を留めた。
「それ、何?」
「……作詞」
「作詞?」
「隼人が作った曲に、歌詞をつけることになったの」
美咲は椅子の背もたれに寄りかかった。
「でも、全然書けないんだよねぇ……」
柚葉はノートを覗き込む。
「恋の歌?」
「……まあね」
「美咲ちゃん、隼人くんのこと大好きだもんね」
「ちょっ……!」
美咲の顔が赤くなる。
「何をいきなり言ってんのよ!」
「え? だって、そうでしょ?」
柚葉は不思議そうに首を傾げる。
「隼人くんといるとき、美咲ちゃん、すごく楽しそうだもん」
「……」
「でも、隼人くんがほかの女の子と仲良くしてると、ちょっと気になるんでしょ?」
美咲は言葉に詰まった。
「……まあ、それは」
「そういう気持ちって、好きってことじゃないの?」
柚葉は当たり前のように言った。
「一緒にいると嬉しくて、離れると寂しくて。相手が笑ってると自分も嬉しくなるんだよね」
「……」
「それって、素敵なことだと思うなぁ」
柚葉は柔らかく笑った。
「だから、美咲ちゃんが隼人くんといて嬉しかったことを書いたらいいんじゃないかな?」
美咲は目を見開いた。
「……嬉しかったこと」
「うん!」
柚葉は頷く。
「美咲ちゃんが本当に思ってることなら、きっと伝わるよ」
その言葉が。
美咲の胸に、すっと入ってきた。
「……そっか」
美咲はノートを引き寄せる。
隼人と初めてギターを弾いた日。
一緒に練習した時間。
恋人になった日。
何でもない会話。
喧嘩して、仲直りして。
そして今も。
隣にいること。
「……なんだ」
美咲は小さく笑った。
「私、いっぱい書けるじゃん」
鉛筆を握る。
今度は、迷わなかった。
「柚葉、ありがと!」
「えへへ。お役に立てたならよかった!」
柚葉は嬉しそうに笑う。
美咲は夢中でノートに言葉を書き込んでいった。
一行。
また一行。
隼人に伝えたいことを。
いつもは照れくさくて言えない気持ちを。
歌詞という形に変えて。
「君にだけ、素直になれない」
翌日。
美咲は隼人に連絡を入れた。
『歌詞、できた!』
すぐに返信が来る。
『マジか! 今から会える?』
『うん!』
二人は、いつものライブハウスで待ち合わせた。
隼人は美咲からノートを受け取る。
「……これが歌詞?」
「そう」
「読んでいい?」
「……うん」
隼人はゆっくりと読み始めた。
そこに書かれていたのは、特別な言葉ばかりではなかった。
一緒に笑ったこと。
隣にいると安心すること。
素直になれず、ついからかってしまうこと。
それでも。
本当は、誰よりも大切に思っていること。
隼人は最後まで読み終えると、しばらく黙っていた。
「……隼人?」
美咲が不安そうに顔を覗き込む。
「……これ、すげえいい」
「……本当?」
「ああ」
隼人は笑った。
「美咲らしい歌詞だよ」
美咲の頬が赤くなる。
「……そっか」
そして、いつもの小悪魔な笑顔を浮かべた。
「まあ? 誰のために書いたと思ってんの?」
「はいはい」
「ちょっと! そこは感動するところでしょ!」
「感動してるって」
隼人は笑いながら、美咲の手を握った。
「ありがとな」
その一言に。
美咲は一瞬、何も言えなくなった。
「……どういたしまして」
小さく笑い、握られた手を握り返した。
曲のタイトルは――
『君にだけ、素直になれない』
美咲が書いた歌詞と、隼人のメロディ。
二人の気持ちが、一つの曲になった。
二人だけのデモ音源
数日後。
隼人の部屋。
パソコンの前に、隼人と美咲が並んで座っていた。
「じゃあ、もう一回いくぞ」
「うん!」
隼人はギターを弾き、伴奏を録音する。
音のバランスを整え、ピアノの音を重ねる。
美咲はマイクの前に立った。
「……ちょっと緊張する」
「ライブより緊張してんのか?」
「当たり前でしょ!」
美咲が頬を膨らませる。
「だって、これ……隼人が作った曲だもん」
隼人は一瞬、目を見開いた。
そして。
「……そっか」
優しく笑った。
「じゃあ、俺が一番最初の観客だな」
「……うん」
美咲はヘッドホンをつける。
隼人が再生ボタンを押した。
柔らかなピアノ。
静かなギター。
そして。
美咲の歌声が流れ始める。
最初は少し緊張していた。
けれど。
歌詞を口にするうちに、自然と隼人の顔が浮かんだ。
目が合うと、少し照れくさい。
好きだと言うのは、今でも恥ずかしい。
だけど。
この人と一緒にいたい。
その気持ちだけは、誰にも譲れない。
美咲は最後まで歌い切った。
音が止まる。
「……どう?」
隼人はしばらく黙っていた。
そして。
「……最高」
短い言葉だった。
でも。
美咲には、それだけで十分だった。
「……ありがと」
「こっちこそ」
隼人は笑った。
「この曲、いつかNOIZ JACKで演奏しようぜ」
「……うん!」
美咲の顔が明るくなる。
「絶対だよ!」
二人は完成したデモ音源を、最初から聴き直した。
何度も。
何度も。
気になるところを直しながら。
二人で一つの曲を作り上げていく。
それは。
バンドのための曲であると同時に。
二人だけの、大切な思い出にもなっていった。
夏の夜
デモ音源が完成した頃には、窓の外はすっかり暗くなっていた。
「……もう、こんな時間か」
隼人が時計を見る。
「うん」
美咲は小さく頷いた。
パソコンの画面には、完成したデモ音源。
机の上には、美咲が書いた歌詞のノート。
二人で作り上げた、初めての一曲。
「ねえ、隼人」
「ん?」
「この曲、大事にしようね」
隼人は美咲を見つめた。
「当たり前だろ」
そして、そっと彼女の手を握る。
美咲はいつものようにからかうこともなく、その手を握り返した。
「……今日は、もう少し一緒にいたいな」
小さな声だった。
隼人は一瞬驚き、それから優しく笑った。
「……ああ」
その夜。
二人はいつもより長く語り合った。
音楽のこと。
これからのこと。
そして、今まで照れくさくて言えなかった気持ち。
やがて、夜は静かに更けていった。
二人の間にあった、幼なじみから続く恋人という関係が、少しだけ変わった夜だった。
翌朝。
隼人のスマートフォンが鳴った。
画面には、烈からのメッセージ。
『おい隼人! 今日の自宅練習、何時に来るんだ?』
隼人は画面を見て、苦笑した。
「……あいつ、朝から元気だな」
隣では、美咲がまだ眠っていた。
隼人は彼女を起こさないように、そっと返信する。
『あとで連絡する』
その気配に気づいた美咲が、ゆっくりと目を開けた。
「……隼人?」
「ああ。烈から。今日の練習、何時に来るんだってさ」
美咲は少しだけ笑い、彼の肩に寄り添った。
「……もうちょっとだけ、こうしてたい」
「……いいよ」
隼人はそう答え、彼女の髪を優しく撫でた。
窓から差し込む朝の光。
机の上には、二人で完成させたデモ音源。
そして、その隣には、美咲が書いた歌詞のノートが置かれていた。
二人だけの秘密と、新しい一曲。
夏休みは、まだ始まったばかりだった。
第14話「夏のメロディ」――完。




