第13章「四人の誓い」
めいの慟哭が少しずつ落ち着くのを待ち、四人は校門前から移動していた。
向かったのは、そこから少し離れた場所にある、住宅街に囲まれた夕暮れの公園だった。
まだ七月の上旬、本格的な夏を間近に控えた夕闇はうだるように蒸し暑く、街灯の周りを小さな虫がせわしなく飛び交っている。
すでに子どもの姿はなく、熱を孕んだ風が吹くたびに、錆びついたブランコがキィと小さく軋んでいた。
藤原は「僕は部外者ですから」とだけ言い残し、公園の入り口にある自動販売機の明かりの近くで一人、距離を置いて待機していた。
遮るもののない薄暗い光の下、今は四人だけの静かな時間が流れている。
めいは木製のベンチに腰掛け、赤く腫らした目を伏せていた。
小さな手で白いハンカチを何度も固く握りしめながら、浅くなった呼吸をゆっくりと、確かめるように整えていく。
さつきはその隣に寄り添うように座り、さとるとたけしは少し離れた鉄棒の支柱に背を預けていた。
やがて、めいは意を決したように恐る恐る顔を上げた。
そして、さつき、さとる、たけしの三人の顔を、縋るような視線で順に見つめた。
その黒い瞳の奥には、まだ完全には拭いきれない警戒心と、それ以上に、自分に関わったせいで彼らを巻き込んでしまったという強い申し訳なさが揺れている。
「……あなたたちは、どこまで知っているの?」
めいの声は、先ほどの絶叫のせいでひどく枯れていた。
湿気のまとわりつく公園に、その掠れた声が静かに染み込んでいく。
「痛みの正体、あるいは……私たちの、歴史のこと」
その直球の問いに、さとるはズボンのポケットの中で、自身の右手の拳を強く握りしめた。
彼の脳裏には、つい昨日、藤原の家の古びた書庫で目にした『月光沈黙録』の醜悪な記述がありありと焼き付いている。
――主君・村上家は、国が滅びる最期、必死に城を守る民や家臣を囮にして、自らだけ地下道から逃げ出した、史上稀に見る臆病な逃亡者であった。
民を見捨てて自分だけが生き延びた卑劣な国主。
その忌むべき血が、今目の前で肩を震わせている少女に流れている。
その事実に、やるせない怒りともつかない黒い感情が胸の奥で燻ったが、さとるはそれを必死に押し殺した。
目の前でハンカチを握りしめている村上めいは、その歴史の張本人ではない。
自分と同じように理不尽な傷に怯え、独りで泣いていた、ただの高校生だ。
「……ある程度は、調べた」
さとるは極力、感情を排した静かな声で答えた。
「君を責めるつもりも、追い詰めるつもりもない。ただ、俺たちがなぜこんな目に遭っているのか、本当のことが知りたいんだ」
「俺もだ」
たけしが低い声で短く同意した。
腕を組んだまま、じっとめいを見つめる彼の眼には、先ほどのような荒々しさはなく、純粋に真実を求める男の真剣さが宿っていた。
さつきは、めいの隣で座り直すと、彼女の強張った肩にそっと視線を合わせ、安心させるように優しく微笑んだ。
「私も知りたいな。めいちゃんが、誰にも言えずに、ずっと一人で何を抱えてきたのか」
さつきの、一切のトゲがない柔らかな声が、めいの張り詰めていた防壁を内側から崩したようだった。
めいは小さく息を吐くと、その肩の力がふっと抜けた。
彼女は意を決したように、ベンチから遠くの西の空――じっとりと熱を帯びた群青色へと変わりゆく景色を見つめ、重い口を開いた。
「……私の家には、代々伝わる『戒め』があるの」
めいがぽつりぽつりと語り始めた言葉は、さとるが古文書で調べ上げた最悪の内容と、残酷なほどに一致していた。
「かつて、この地を治めていた私たちの先祖、村上の当主は……国が敵に攻め滅ぼされる直前に、必死に戦っていた民や家臣を見捨てて、自分だけが地下の隠し通路から高みに逃げ去ったの」
さとるが、静かに息を呑む。
やはり、あの古文書の記述は、村上家の末裔自身にもはっきりと引き継がれている古い記憶だったのだ。
「『卑劣で臆病な女国主』……おばあちゃんは、いつも私にそう言ってた。私たちの先祖は、自分の命と財産だけを守るために、城に残されたすべての人を裏切って見殺しにしたって」
めいの声が、明確な震えを帯び始める。
それは、彼女自身が幼い頃からその言葉を深く、あまりにも深く信じ込み、自分自身の中に流れる血そのものを呪い続けてきた証拠だった。
「だから、私たちは、その時に見捨てられた人々の苦しみと、この世ならざる絶望の記憶を、代々に受け継ぐ運命にある……そう、ずっと教えられて育ってきた。これが、私たちの人間に課せられた『罰』だって」
めいは自嘲気味に、力なく笑った。
その笑顔が、夜の帳が下りる公園の中でひどく痛々しく見える。
「私が幸せになろうとしたり、誰かと深く繋がろうとすると、必ずこの痛みが現れるの。だから私は、誰とも関わっちゃいけない。どこにも居場所を作らず、ただ孤独に生きて、襲ってくる痛みに耐え続けるのが、村上の人間に課せられた償いなの。そうすれば、他の人には飛ばないはずだったのに……」
重苦しい沈黙が、誰もいない公園の広場に落ちた。
もし彼女の言う通りの真実なら、あまりにも救いがない。
前世の、それも何百年も前の先祖の罪のために、現在の高校生が一生孤独を強制されるなど、理不尽という言葉すら生ぬるい地獄だった。
「……ふざけんなよ」
その重苦しい沈黙を、激しい拒絶とともに破ったのは、たけしだった。
彼は状況が到底納得がいかないという様子で、頭をガシガシと乱暴にかきむしり、鉄棒の支柱を後ろに蹴り飛ばさんばかりの勢いで身を乗り出した。
「百歩譲って、あんたの先祖が悪かったとしようぜ。何百年も前だか何だか知らねえが、その当主が最低の臆病者だったってことは分かった。でもよ、なんで今生きている俺らが、そんなもんに巻き込まれなきゃなんねーんだよ!俺には何の関係もねーだろ!」
ただ、今この瞬間に自分の身体を苛んでいる理不尽な怪異と、連帯責任という不条理に対する生の怒りを、ありのままに露わにしていた。
「寺下くんの言う通りだ」
たけしの荒々しい言葉を引き取るように、さとるは冷静に、けれど確固たるトーンで言葉を継いだ。
「過去の因縁がどうあれ、今の俺たちに何の罪もないはずだ。……村上さんが信じているその歴史が、たとえどれほど強固な『事実』だとしても、俺はこの『呪い』をそのまま甘んじて受け入れるつもりはない」
さとるの瞳には、マウンドの上で強打者を睨みつける時のような、鋭く強い意志の光が宿っていた。
彼は感情的な恨みに任せて村上家を責めるのではなく、自分たちの人生を侵食してくるこの不条理な「システム」そのものを解明し、自分たちの代で破壊しようとしていた。
接着するよう、隣にいたさつきが、そっとめいの小さく冷え切った手を両手で包み込むように握った。
めいは驚いたように肩を跳ね上げ、濡れた目でさつきの顔を見上げた。
さつきの手は、めいがこれまでずっと遠ざけてきた他人の体温――驚くほど、温かかった。
「私には難しいことはよく分からない。でも、仮にそのおばあちゃんのお話が本当だったとしても……めいちゃん自身は、今日まで誰も裏切ってないよ」
「え……」
「めいちゃんは、私たちにこの痛みが移るかもしれないって知って、だから巻き込まないように、必死で冷たいフリをして遠ざけようとしてくれたじゃない。それは『逃げ』なんかじゃないよ。めいちゃんの、必死の優しさだよ」
さつきの、一切の衒いもない真っ直ぐな言葉が、めいが何年もかけて心の周囲に築き上げてきた頑なな氷の殻を、ゆっくりと、確実に溶かしていく。
「私は、今目の前にいる、めいちゃんを信じたい。だから……一人で耐えるのはもう終わりにして、一緒に探そう?この痛みを完全に終わらせる方法を」
めいの大きな瞳に、再び大粒の涙がじんわりと滲み、そのまま頬を伝ってハンカチの上に落ちた。
けれど今度は、校門前で流したような、絶望と恐怖の涙ではなかった。
「……うん。……私だって、本当はこんなの嫌だった。ずっと……ずっと一人で、怖かった……!」
四人の視線が、夏の夕闇が濃くなる公園の中で静かに交差する。
先祖の罪、卑劣な逃亡、裏切り、そして血で血を洗う争い。
自分たちの背後に横たわる、あまりにも重すぎる歴史の真実に立ち向かうために、四人の心は今、数百年の時を超えて、初めて本物の熱量で一つになった。
「調べよう。俺たちの手で、すべてを」
さとるが全員を見据えて言った。
その言葉には、もう迷いはなかった。
四人は、もうすぐやってくる夏休みを利用して、めいの導きの元、彼らの先祖たちがかつて非業の死を遂げ、呪いの契約を結ぶことになった「祖先ゆかりの地」へと向かうことを固く約束した。
たけしがフンと鼻を鳴らして不骨に頷く。
さつきが愛おしそうに微笑み、めいは何度も涙を拭いながら、しっかりと前を向いた。
――こうして四人は、血の呪縛という名の泥沼から這い上がり、「運命の真実」を解き明かすための、切っても切れない一つのチームとなった。




