第九話 「知らない顔」
## 第九話 「知らない顔」
翌週の金曜。
久しぶりに、悠真と春翔のシフトが被った。
「おはようございまーす」
バックヤードに入ってきた春翔を見た瞬間。
悠真は、妙に安心した。
「……久しぶり」
「一週間ぶりですよ」
「そんな経ってた?」
「悠真さん、絶対時間感覚バグってる」
春翔が笑う。
その声を聞くだけで、店の空気が少し軽くなる。
——やっぱり、こいついると楽だな。
自然にそう思ってしまう。
営業が始まると、店はすぐ混み始めた。
でも今日は、なぜか少し調子が狂う。
「あ、春翔くん!」
女性客がカウンター越しに手を振った。
「この前おすすめしてくれたやつ、美味しかったです!」
「あ、ほんとですか?よかった」
春翔が柔らかく笑う。
その顔を見て、悠真は一瞬動きを止めた。
……そんな顔するんだ。
もちろん知っている。
春翔は接客がうまい。
人懐っこいし、客受けもいい。
でも。
今の笑い方は、
自分が知らない顔に見えた。
「悠真さん?」
「……何」
「ミルク溢れます」
「あ」
慌てて手元を見る。
春翔が小さく吹き出した。
「珍しい」
「うるさい」
「疲れてます?」
「別に」
そう返したものの、
なぜか胸の奥が落ち着かなかった。
その後も。
春翔は他のバイトと楽しそうに話していた。
「え、それ絶対無理でしょ」
「いやいけますって!」
笑い声。
自然な距離感。
いつも通りの春翔。
なのに今日は、
妙にそれが引っかかる。
「悠真さん、なんか怖いっす」
休憩中、後輩バイトが苦笑する。
「は?」
「いや今日ちょっと機嫌悪くないですか」
「普通だけど」
「絶対違う」
最近そればっかり言われる。
悠真は小さくため息をついた。
閉店後。
洗い物をしていた春翔が、不思議そうにこちらを見る。
「今日なんかありました?」
「何が」
「いや、ちょっと静かだなーって」
「……別に」
「ほんとかなぁ」
春翔はスポンジを置いて、少しだけ首を傾げた。
「俺なんかしました?」
その言葉に、
悠真は返事が詰まる。
言えるわけがない。
他の客に笑ってる顔を見て、
少しモヤモヤしたなんて。
意味がわからない。
「……してない」
「じゃあよかった」
春翔は安心したように笑った。
その笑顔を見た瞬間。
悠真はようやく気づく。
自分は今、
春翔のことで気分が左右されている。
でもその感情に、
まだ名前はつけられなかった。




