第十話 「雨の日」
## 第十話 「雨の日」
その日は、朝からずっと雨だった。
店の窓に水滴が流れ続けている。
「今日暇っすね」
春翔がカウンターに肘をつきながら呟く。
「雨の日はこんなもん」
悠真はコーヒー豆を補充しながら答えた。
客足は少ない。
店内には静かなジャズだけが流れている。
「こういう日、ちょっと好きなんですよね」
「わかる」
「え、珍しく意見合った」
「失礼だな」
春翔が笑う。
その笑い方を見ていると、悠真の胸の奥が少し落ち着く。
最近、自分でもわかってきていた。
春翔がいると、気分が変わる。
店の空気も変わる。
でも、それを認めるのはまだ怖かった。
「そういや」
春翔がスマホを見ながら顔をしかめる。
「今日、帰りやばいかもです」
「傘ないの」
「朝そんな降ってなかったんで」
「コンビニで買えば」
「ビニ傘増やしたくないんですよね」
「変なこだわり」
「悠真さんは?」
「車」
「あー、強い」
そう言って、春翔は窓の外を見る。
雨脚はむしろ強くなっていた。
結局、その日は最後まで客が少なかった。
閉店時間。
シャッターを下ろす音が店内に響く。
「うわ、めっちゃ降ってる」
バックヤードから外を見た春翔が、げんなりした声を出す。
本降りだった。
「駅まで走るしかないか……」
「風邪引くぞ」
「でも傘ないし」
数秒。
悠真は少しだけ迷ってから、ロッカーを開けた。
「……送る?」
「え」
「方向そこまで変わらないし」
春翔が目を丸くする。
「いやでも悪いですよ」
「別に」
「……ほんとに?」
「嫌ならいいけど」
「嫌じゃないです」
即答だった。
その返事が妙に嬉しくて、
悠真は小さく視線を逸らす。
車に乗り込むと、雨音が一気に近くなる。
「なんか不思議っすね」
助手席で春翔が笑った。
「何が」
「悠真さんの車乗るの」
「そう?」
「店以外で会う感じする」
その言葉に、
悠真の指が少し止まる。
エンジン音だけが静かに響く。
「……変なこと言うな」
「変です?」
「距離近いって」
「あー」
春翔は少し考えて、それから苦笑した。
「でも悠真さん、ちゃんと嫌って言わないじゃないですか」
「……まあ」
「だからつい」
雨で滲む街灯を見ながら、春翔が小さく笑う。
「悠真さん、優しいし」
その言葉に、
悠真は返事ができなかった。
優しいわけじゃない。
ただ。
春翔が濡れて帰るのを、
なんとなく嫌だと思っただけだ。
でもその“なんとなく”が、
最近どんどん増えている気がした。




