第五話 「その日だけ」
## 第五話 「その日だけ」
火曜の夕方。
珍しく、悠真は一人でホールを回していた。
春翔は大学の講義が長引くらしく、遅れて来る予定になっている。
「すみません、会計お願いします!」
「はい、少々お待ちください」
店はそこまで混んでいない。
それなのに、妙に時間が進まなかった。
テーブルを片付けながら、悠真は無意識に入口を見る。
まだ来ない。
スマホを見る。
二十分遅れ。
別に珍しいことじゃない。
大学優先なのは当然だ。
なのに、なんとなく落ち着かない。
「悠真くん、今日静かだねぇ」
パートの女性が、くすっと笑う。
「そうですか?」
「春翔くんいないから?」
「関係ないです」
「はいはい」
完全に面白がられている。
悠真は小さくため息をついた。
その時。
バックヤードのドアが勢いよく開いた。
「すみません遅れました!」
少し息を切らした春翔が入ってくる。
髪も少し乱れていた。
「……走ってきたの」
「電車遅れて。やばいと思って」
「別にそこまで急がなくても」
「いや、今日人少ないじゃないですか」
そう言いながら、急いでエプロンをつける。
その姿を見た瞬間。
なぜか、店の空気が落ち着いた。
——あ、来た。
そう思った自分に、悠真は少しだけ眉をひそめる。
「悠真さん?」
「何」
「なんか今日、疲れてます?」
「普通だけど」
「嘘だ。顔死んでる」
「誰のせい」
「え、俺?」
春翔が笑う。
そのやり取りだけで、
少し肩の力が抜けた。
結局、店はその後そこそこ忙しくなった。
でも春翔が入ってからは、不思議なくらい回りやすかった。
「春翔くん、これお願い」
「はい!」
「ドリンク先に出せる?」
「いけます!」
テンポが合う。
言葉が少なくても動ける。
それが妙に楽だった。
閉店後。
悠真はレジ締めをしながら、小さく息を吐いた。
「今日ほんと助かった」
「また褒めた」
「事実だから」
「珍しいなぁ」
春翔は嬉しそうに笑う。
その顔を見ていると、
なんとなくこちらまで気が緩む。
「……今日さ」
「はい?」
「お前来る前、なんか店静かだった」
ぽろっと口に出た。
春翔がきょとんとする。
「え、悪い意味で?」
「違う」
「じゃあ良かった」
春翔は安心したように笑った。
「俺も今日、早く行きたいなって思ってました」
「なんで」
「悠真さん一人って聞いてたんで」
さらっと言う。
本当に、こういうところだ。
悠真はレジの数字を打ち込みながら、小さくため息をついた。
——たぶん。
春翔は、自分がどれだけ距離近いか、全然わかってない。




