第二話 「社員さん、甘いっすよね」
## 第二話 「社員さん、甘いっすよね」
金曜のピークを越えた頃には、店内も少し落ち着いていた。
レジ横の焼き菓子はほとんど空で、BGMだけが静かに流れている。
「春翔くん、テーブルお願いしまーす」
「はーい」
トレーを片手に、春翔が奥の席へ向かう。
その途中。
「あっ……」
ガシャン、と音がした。
振り返ると、アイスティーのグラスが床に倒れている。
周囲の客が一瞬こちらを見る。
「す、すみません!」
春翔は慌ててしゃがみこんだ。
手が滑ったらしい。
まだ慣れていない新人ならともかく、春翔がこういうミスをするのは珍しい。
「大丈夫です、こちらで片付けますので」
悠真はすぐにモップと布巾を持って向かう。
「ごめんなさい……」
「いいから。手切ってない?」
「大丈夫っす」
しゃがみこんだままの春翔の横で、悠真は黙って床を拭いた。
その様子を、レジ横から見ていたパートの女性が苦笑する。
「悠真くん、春翔くんには甘いよねぇ」
「は?」
「いや、他の子だったらもっと注意してるじゃない」
「別に普通ですけど」
「普通じゃない普通じゃない」
くすくす笑いながら、またレジへ戻っていく。
春翔はそれを聞いて、気まずそうに目を逸らした。
「……すみません」
「だから何が」
「なんか、庇わせたみたいになったんで」
悠真は布巾を洗いながらため息をつく。
「忙しい時なんだからミスくらいあるでしょ」
「でも悠真さん、他の人には結構ちゃんと言うじゃないですか」
「言う時は言うよ」
「ほら」
「お前が今日ちゃんと動けてたの知ってるから」
その言葉に、春翔が一瞬黙った。
蛇口の水音だけが響く。
「……そういうとこっすよ」
「何が」
「いや、別に」
春翔は小さく笑って、逃げるようにホールへ戻っていく。
悠真はその背中を見ながら、首を傾げた。
本当に意味がわからない。
忙しい中でも周りを見て動いてたし、
たまたまミスしただけだ。
だからフォローした。
ただ、それだけ。
——のはずなのに。
「悠真さん、今日機嫌いいですね」
閉店作業中、別のバイトにそう言われた。
「……そう?」
「なんか春翔くんいる日、いつもより空気柔らかいっす」
「気のせい」
「絶対違う」
即答されて、悠真は黙る。
バックヤードの奥では、春翔が洗い終わったピッチャーを片付けていた。
その横顔を見ていると、不思議と店の空気が落ち着く。
——働きやすいからだ。
そういうことにしておこう、と悠真は思った。




