第十二話 「その顔、ずるいです」
## 第十二話 「その顔、ずるいです」
翌週の水曜。
店は珍しく落ち着いていた。
雨の日以降、悠真は少しだけ春翔を意識してしまっている。
……いや、“少し”ではないかもしれない。
「悠真さん、ぼーっとしてる」
「してない」
「今日三回目」
カウンター越しに春翔が笑う。
その顔を見るだけで、調子が狂う。
コンビニで笑っていた顔とか、
『嬉しかったです』って言った声とか。
思い出したくないのに、
勝手に頭に浮かぶ。
「疲れてる?」
「普通」
「最近それしか言わないじゃないですか」
「便利だから」
「雑」
春翔が吹き出す。
そのタイミングで店長がバックヤードから出てきた。
「あ、春翔くん」
「はい?」
「来月から少しシフト減るかも。新人入る予定で」
「あー、了解です」
軽い返事。
でも悠真は、その言葉に少し引っかかった。
シフトが減る。
つまり、
今みたいに頻繁には会わなくなる。
その考えが浮かんだ瞬間、
妙に胸がざわついた。
「悠真さん?」
「……何」
「顔怖い」
「別に」
「またそれ」
春翔は苦笑する。
営業中。
悠真は何度も無意識に春翔を目で追っていた。
客と話している時。
笑っている時。
ドリンクを運ぶ時。
楽しそうに働いている姿を見るたびに、
胸の奥が落ち着かない。
——シフト減るの、嫌だな。
ふと浮かんだ感情に、
悠真は小さく息を止めた。
閉店後。
春翔が洗い物をしながら、ぽつりと言う。
「俺、ここ好きなんですよね」
「急に何」
「いや、なんとなく」
水の音が静かに響く。
「大学と家の往復だけだった時より、今の方が楽しいなって」
「……そっか」
「悠真さんいるし」
また、そういうことを言う。
悠真は思わず顔をしかめた。
「軽々しく言うなって」
「軽くないです」
春翔の声が、少しだけ真面目だった。
その空気に耐えきれなくなって、
悠真は視線を逸らす。
「……お前、ほんとずるい」
「え?」
「なんでも真っ直ぐ言うから」
春翔は数秒きょとんとして、
それからふっと笑った。
「悠真さんだって、最近優しいですよ」
「普通」
「普通じゃないです」
春翔はスポンジを置いて、少しだけ近づいた。
「この前送ってくれた時とか、
コンビニ付き合ってくれた時とか」
「……あれは流れ」
「じゃあ俺、また雨降ってほしいな」
その瞬間。
悠真の心臓が大きく跳ねた。
春翔は何も気づいていない顔で笑っている。
本当にずるい。
そんな顔されたら、
勘違いしそうになる。




