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波濤の王冠 カラカウアの遺産  作者: ゆうき
日清日露戦争 連合王国の更なる飛躍
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日露開戦

日本政府は龍岩浦事件後もロシア政府と交渉を続け欧州の大国ドイツを仲介にした交渉を行ったものの平行線を辿り続けていた。

連合政府は御前会議にて1904年2月1日にロシア帝国に宣戦布告し戦争を開始する事を決断した。

連合政府としては戦線の北端を満州ハルピンまでを想定し北樺太は早期に制圧し沿海州に圧をかけつつ海軍の第一、第二艦隊で旅順のロシア太平洋艦隊の撃滅及び封鎖を行い第三艦隊にて対馬海峡の制海権を確保を行う。

それと並行して陸軍は第一軍を朝鮮半島に上陸させ第二軍を遼東半島へ、その後第三、第四軍を加えた部隊で満州平野にてロシア軍と決戦を行いロシア満州軍を撃破した後に欧州から来訪するロシアバルチック艦隊を撃破し講話を目指すというものであった。

また満州においての決戦に勝利後沿海州及びカムチャッカ半島に進撃しロシアへ講話圧力をさらに加えるという第二段階作戦まで想定されていた。

これに対しロシア軍は日本軍の上陸地点を朝鮮半島南部と予測し鴨緑江にて迎撃戦を行い日本軍の渡河を阻止、阻止に失敗した場合はハルピンまで段階的に撤退しつつ波及線の乗り切った日本軍を撃滅する作戦方針だった。

また北樺太においては無理に迎撃を行わずゲリラ戦による遅滞戦術を行いつつバルチック艦隊及び太平洋艦隊にて制海権を確保後に南樺太も制圧する作戦であった。


日本軍は宣戦布告の少し前に出撃、宣戦布告と同時に攻撃できる体制を整えていた。

まず2月1日午前に瓜生外吉少将率いる第二艦隊第三戦隊に護衛された第12師団基地越支隊が仁川に突入し上陸作戦を決行、それと同時に仁川港に存在するロシア海軍防護巡洋艦及び砲艦に対し翌日までの退去を領事を通じて求めつつ停泊する各国艦艇にもロシア艦が24時間以内に退去しなければ攻撃する旨を通達、戦闘に巻き込まれない為にも翌日12:00までの港内からの退去を求めた。

翌日港より出てきたロシア艦隊と瓜生戦隊が戦闘に突入、防護巡洋艦4隻、装甲巡洋艦1隻を有する瓜生戦隊が有利に戦闘を運びロシア艦隊は仁川港内に撤退、後に自沈する事になる。

この時2隻とも英国軍艦の艦長より他国船舶に被害を出さないように爆破はしないようにとアドバイスを受けた事で通常の自沈処理を行う事になる。

また2月1日の深夜から2月2日の早朝において聯合艦隊の駆逐艦及び水雷艇部隊が断続的に旅順港外に停泊していたロシア太平洋艦隊の艦艇に雷撃を敢行するものの一部の艦隊に被害を与えだけに留まり夜襲作戦は失敗に終わる。

夜襲作戦の失敗を受けて聯合艦隊司令部は旅順を機雷にて封鎖を行う方針に変更、旅順付近に気球母艦を要遊させロシア艦隊を監視すると共に第三艦隊の艦隊にて港外の警戒航行を行いつつ機雷の敷設を進めるのだった。

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