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波濤の王冠 カラカウアの遺産  作者: ゆうき
日清日露戦争 連合王国の更なる飛躍
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台湾平定と更なる国内開発

日清戦争の結果日本ハワイ連合は台湾という新たな領土と高額な賠償金を手に入れる事に成功した。

台湾の獲得は現状の海軍軍備の中で東シナ海の制海権を確実にする事に繋がり日本ーハワイ航路を台湾ー日本ーハワイと一帯的航路を作る事にも繋がっていた。

台湾では講和締結時点で一部に上陸していた為そのまま平定作戦を開始する事となった。

台湾では中央政府に従わない一部の現地民などが清仏戦争で黒旗軍を率いフランスを翻弄した劉永福を大将軍に、唐景崧を総統とした台湾民主国を建国し抵抗を行うが日本との再度開戦を恐る李鴻章が日本との間に即座に台湾引渡しの協定を結んだ事で清国政府から支援を得るという目論みも外れ5ヶ月ほどで鎮圧される事になる。

初期の統治は近衛師団と交代で清国領内より引き上げてきた第1、第2師団を投入し台湾民主国の迅速的な鎮圧及び山間部の原住民対策を行いつつ港湾の確保を優先的に目指し在地元清国官僚や台湾士紳、有力客家を登用、懐柔を図り現地民との宥和を重んじた統治を目指していくことになる。

また総督設置後に人口調査を行い戸籍の整備、警察制度の整備、地積調査を行いつつ地方自治体設置準備を行なっていくことになる。


台湾平定を進めつつ更なる国内開発を進めていた日布連合は九州八幡に築いた中型溶鉱炉を大型の物に日清戦争の賠償金を元手に拡張工事を進めることになる。

溶鉱炉を拡張するだけではただただ揃えて満足で上手く扱うことが出来なくては意味がないため整備を進めつつ列強の進んだ技術を吸収するべくドイツより技術者を招き製鉄技術の発展に努めることになる。

史実では八幡製鉄が1901年に操業を開始しておりそれより前に釜石においても製鉄所を作り操業しているが技術力が足りず操業停止後に民営化されたのに対し西南戦争がなかった事で最初から八幡に製鉄所を作り小型〜中型炉を操業させていた事、ドイツから技術者を招いた事もあり大きなトラブルもなく安定した操業を続けることに成功する。

後に釜石にも八幡と同様の設備を釜石にも導入し国内において半分近くの鋼鉄の生成に成功することになる。


鉄道に関しても日清戦争終結までに東海道、山陽、東北、信越、函館、室蘭、宗谷、根室、名寄、鹿児島、長崎の各本線は完成or建設を開始しており高崎、佐世保、大湊などの各線も建設が完了or開始されていた。

日清戦争が始まる頃には上記の路線の建設を完了させ置き山陰、関西、羽越、奥羽の各本線、呉、水郡、舞鶴などの海軍の拠点に向かう路線及び炭鉱輸送のための路線の建設を開始、日清戦争終結後には樺太東線、日豊、土讃、予讃各本線や産業開発のための路線を建設し既存の路線の複線化や高速化工事を行うことになる。

史実であれば日本鉄道や関西鉄道などが建設していた路線も予算の余裕から官設での建設が進められていた。

私鉄は各地を結ぶ本線から分岐する路線や都市部における輸送を担う路線に限定され都市部の路線の発展は私鉄に任せられることになる。

また日清戦争で得た賠償金は上記の他にも帝国大学の設立、海軍拡張のための各地の海軍工廠の拡張、帝国陸軍の師団増設、発電所建設や北方開発などにも使用され金本位制導入の為の財政準備にも用いられることになる。

この際に金本位制導入の為の資金の預け先に英国銀行を利用したことで英国との友好がさらに深められてくことになる。



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